文世さんに逢いたい

「婆猫ふみちゃんのスローライフ」を綴りたくて、 2004年から始めたブログですが、
ふみは2009年3月に19歳10か月で逝きました。

ミライの未来

お兄ちゃんの居場所



    今年3月~4月の天候には、奇妙な印象を受けました。
    印象というより、体感そのものですね。
    関東の身近なエリアの様子しか把握していませんが、
    3月に「5月中旬並み」の陽気になったかと思えば、
    4月には10℃を切って冷え込む、
    気温差が10℃以上開く、しまいには雪が降る…

    お花見も十分に楽しめなかったんじゃないかな。
    あまりに儚い桜だった…


    
    わが家の「“桜色の未来”を持っている」ミライは、
    もうすぐで満2歳になろうとしています。

    一昨年、ミライを部屋に迎えた時に、
    「あ~…この先20年、共に生きていくのか…」と、
    なんとも複雑な気持ちにさせられました。
    動物の成長に関わってゆくのは味わいがあるけれど、
    自分自身の将来を考える度に、嘆息してしまう。
    絶望感に襲われる…というのが、正直な気持ちなんです。

    ましてや、大野くんが、
    ミライと私のそばから居なくなる将来なんて
    想定してなかったよ…!
    
    



まだ幼い1歳





    大野くんのお気に入りの場所だった、ベランダ側で
    寛ぐことが多くなったミライ。
    写真に写っている白い容器は、大野くん愛用のごはん皿。
    大野くんが行方不明になってすぐ、
    教わった“おまじない”の言葉を裏側に書きました。
    今も、そのままにしてあります。


    チビ兄ちゃんが居ないまま、2回目の誕生日を迎えるのか…
    云っても詮無いとわかっているけれど、
    いつもいつも、大野くんの不在を嘆き悲しんでしまう。

    はたしてミライは、チビ兄ちゃんの存在を憶えているのでしょうか?


    一時は、「おうちが欲しくない猫」に見えたミライも、
    今ではすっかり、「完全室内」「インドア」猫で、
    外へ出たがる様子も殆どありません。

    しかも、けっこう“甘えっ子”になっています。
    ご飯と遊びを求める時、相変わらず獰猛で騒がしいんですが、
    愛情を求める時も攻撃的なんですよね。
    ギャーギャー喚いて、甘えてくる… 




キャットタワー





    先週の日曜日。
    8年ぶりに、日帰りで遠方の競馬場に行ってきました。
    ふみが逝ってから、初めての競馬遠征でした。
    
    日帰りで関西の競馬場に行く際は、
    だいたい15時間部屋を空ける事になります。
    それが、今回は、惨敗で心が荒んでいた事もあり、
    途中で飲酒して(見知らぬ土地のファミレスで独り)、
    結局、18時間近く留守にしてしまったんですよ。

    通常、仕事に出る平日、
    ミライと黒絵のお留守番は11時間弱。
    だから、ミライにしてみれば、今回の18時間留守番は
    だいぶ長く感じられたのでしょうね。
    
    「ただいま~ごめんねぇ、遅くなって」
    とドアを開けて部屋に入ると、まもなく
    ミライがギャーギャー喚きながら迎えてくれました。
    ご飯はたっぷり置いていったのに、
    それらはけっこう残っている状態です。
    空腹とは関係ない、怒りと抗議。

    むしゃぶりついてくるミライの目に、
    涙がいっぱい溜まっているのを見て、
    「あぁ…ごめんよ」と、心から謝りました。

    ミライは、ますます、ふみに似ていく。
    どうしよう…
    どうしようも何も、責任もって共に生きていくしかない。
    頭で解ってはいる、当然の事なのに、
    日々悩んでしまうのです。

    

やがて、夜が明ける



ふみの夜明け


    またもや御無沙汰しているうちに、梅も桜も過ぎてしまった…

    待ちかねて、やっと訪れた春は、駈け足で去っていくのね。

    
    朝と夕方、決まった時間に決まった行動をとっている人は多いでしょう。
    典型的なのが、通勤・通学。
    特に朝。通勤ラッシュ時に、乗る電車はだいたい決まっている。
    電車(の時間)だけじゃなく、その車両、ドアの位置までね。

    ある程度の期間、同じ電車を利用していると、
    “固定”の顔ぶれが記憶に刻まれるようになります。
    同じように、おそらく私の姿も誰かが憶えている。
    そして、時間が経つうちに、そのお馴染みの顔ぶれが 
    “交代”もしてゆくのです。

      あの、つい挙動不審に見えてしまってた男性は、
      仕事を喪ったのだろうか。転職か、シフト変更か?
      爽やかなカップルは、どちらも姿を見なくなったけど、
      結婚して引越しでもしたんだろうか。
      別れて転居した可能性もあるよな…


    そんな風にぼんやり、あれこれ想っているうちに、
    月日は流れ、私は今日も同じ電車に乗ります。
    つまり、同じ職場に通い続けている訳です。

    いつ解雇されてもおかしくない。
    実際、自分が働き始めてから、
    派遣スタッフが何人も契約終了になって、
    彼らが去っていくのを見送りました。



生後1年(推定)の大野くん

                    1歳の誕生日(推定)を迎えた頃の大野くん



    今年の1月~3月の間は、職場環境の改善を望み、
    派遣元・派遣先と少し、揉めました。
    “トラブル”と認定されるケースなのかもしれません。
    自分としては、心身を少しでも好い状態に保って、
    1日でも長く働いてゆきたいからこそ、
    めずらしく本心をぶつけたのでした

    6年前。ふみが逝った直後。
    それまでは、あまり気にしないように努めてきた事が、
    ふと心に引っ掛かって、結局、
    長期就業を見込めた派遣先を辞めてしまいました。
    あの時と、状況が似ています。

    幸い、どうにか首の皮一枚つながった形で、
    まだしばらく勤められそうです。


    夜明け前が、一番昏いのだと思います。



春が来れば

ミライ腹筋





     ミライの腹筋は、「田」の字に割れています。
     おぉ~っっ (ノ ̄∀ ̄)ノ  生涯自分には無縁の、
     切に憧れる腹筋!!


     ―― 実際はね。棒っきれのようにスレンダーだった時期に
     避妊手術を受け、その後ふくよかに成長していったため、
     縫合痕と脂肪とで「腹筋もどき」が形成されたのです。


     生後1か月で公園に棄てられていたミライは、
     不遇な身の上を逆転させて、“家猫”に落ち着きました。
     彼女を宝物のように守り、愛してくれた大野くんは、
     通過儀礼である手術の半月前から、
     私たちの部屋に戻っていません。

     大野くんがミライの育児係を率先して務めてくれて、
     私はとっても助けられました。
     大野くんの献身がなかったら、
     ちゃんと仕事に出られなくて、自滅してたと思うよ。
     有り難いって痛感してた筈なのに、
     日々感謝の気持ちを、大野くんに伝えていなかった…



新入り10日で特等席へ…



    再来月、ミライは2歳になります。
    チビ兄ちゃんの居ない、2回目の誕生日。
    「狂暴なシマリス」のごときミライは、
    まだまだ仔猫の領域に居るのでしょう。
    大人になって、少しばかり静かになってほしい。
    その一方で、「いや、いつまでもワンパクであってくれ」
    と望む気持ちが複雑に在ります。

    ミライが仔猫のままなら、
    「まだ育児が終わってなかったっけ?」と、
    大野くんが帰って来てくれそうで…




ミライ・ふみ・私の誕生日後




    今日はきっと、『肉球の日』



    

桜を待つ季節

2012年1月15日



    2014年の後半、このブログに全く戻って来なかったなんて、
    自分でも驚いています。
    ため息を通り越して、動悸がするくらい…
    2014年のうちに、必ず更新するつもりでいたのに。

    戻って来ないなんて、大野くんみたいじゃないか。

    ようやく更新したけれど、それが嬉しいお知らせを伴うものじゃなくて、
    申し訳ない。大野くんは、依然として“不在”であります。

    2014年6月のブログアップの後、
    変わった事といえば;
    掲示をお願いしていた「迷い猫」の貼り紙が、
    完全に消えた事、でしょうか。


    大野くんはたぶん、あるマンションの1階で暮らしています。

    2014年1月と2月、大野くんに似たキジトラを目撃しました。
    どちらも、仕事帰りの夜道ではありましたが、
    「今まで遭遇したキジトラの中で、一番似ている…」
    いや。本物の大野くんなんじゃないだろうか?
    そのぐらいソックリに思えたのです。

    1月の夜は、ある部屋のベランダの中に去っていき、
    2月の夜は、同じ部屋のベランダ前に座っていました。
    1回目は、興奮を隠せない人間が迫ってきて戸惑ったでしょう。
    2回目は、逃げずに、でも距離を置いたまま対峙してくれました。

    小さく、大野くんの名前を呼んで、距離を縮めようとしたけれど、
    そのとてもよく似たキジトラは、私が誰か判らない様子です。

    経緯を知ったねこ友さんが、
    どんなに人馴れして、可愛がられていた猫でも、
    自分のテリトリーから外れた場所では、
    長年暮らした人間を識別する事が難しくなってしまうのだと、
    教えてくれました。

    そうだな…無理もない、と思えます。
    あれが大野くんだとして、行方不明になって3か月~4か月の
    時間が経過していました。私にとって長い月日だったのだから、
    猫にとってはいっそう長いブランクです。


    大野くんに“激似”のキジトラは、首輪を着けていました。
    偶然にも、ミライの首輪と同じものです。
    生後2か月半のミライに首輪を装着している時、
    大野くんは羨ましそうに見つめていた。
    それと全く同じモノを身に着けている、“激似”キジトラくん。

    その後、いくつかの目撃情報を得て、
    9月にはようやく、“激似”キジトラくんが大野くんであると、
    確信するに至りました。
    
    100%確定とは断言できないのです。
    “激似”キジトラくんが暮らしている部屋の住人さんに、
    直接尋ねてみれば、真相は明らかになるでしょう。
    でも、それを実行することはためらわれます。

    あのキジトラくんが、もし大野くんであった場合、
    部屋の住人さんにとって、私の訪問は
    歓迎できないものかもしれません。


    考える月日のほうが、足を使って探し回った月日より、
    長くなっていました。

    私は、「大野くんが幸せに暮らしている」と安堵する、
    日常を選択しました。
    そこに落ち着くことにしてみたのです。

    もちろん、迷いは今も絶えず
    まとわりついてきますけれども…




    
ちび兄失踪の24時間後


    

ヘッドライト・テールライト

2011年4月12日

                 この写真、よくよく見ると、
                 大野くんが私の背中~踵にべったり密着してるんですね。




     TVのほうは観たことがないけれど、
     エンディングに流れていたという『ヘッドライト・テールライト』は、
     一度耳にしただけで好きになりました。
  

     やりきれなくなったり、虚無感に襲われると、
     いつのまにか口をついて出ている唄です。

     自分のカラオケの定番でもありました…







2011年4月10日





     曲の内容には、いろいろと解釈があるようで
     (中島みゆきの曲は、往々にして“解釈論”の対象になるものです)、
     まず、タイトルでもある「ヘッドライト」と「テールライト」、
     それが意味するものは何なのか?


     私なりに解釈していたのは;

     テールライトは、少~し先に灯っているように見える、
     自分がたどり着こうとしている地、あるいは人。
     でも、どこまで行っても距離は縮まらず、
     テールライトは遠くに見えるままなんだよな…

     ヘッドライトは、反対車線を通り過ぎていく車の灯。
     人生は、長い目で見ても、短いスパンで考えても、
     “一期一会”に近いものですから、
     束の間接点をもち、やがて人と人はすれ違ってゆく…


     


2012年12月24日





     大野くん探しにひとまず一段落をつけ
     (言うまでもなく“終止符”ではないけれど)、
     短い春を過ごし、
     雨音を聴く機会の多くなった最近、
     また、『ヘッドライト・テールライト』の歌詞について考えています。


     この8か月の間、自分が追い求めていたのは、
     大野くんという「テールライト」だったのではないか。

     「あ、あれは大野くんの短い尻尾じゃない?」
     アクセルを踏み込んで、接近するたび、
     それがよく似たキジトラである事の確認に終わり、
     私のポンコツ車体は、交通の流れにも配慮せず、
     ぷしゅ~っと減速したものです。

     2か月近く、尾行していた時期もありました。
     テールライトは、遠く、微かに見えるか見えないほどで、
     でも、近づかないことには、大野くんなのかどうか
     確証を得ることができません。

     この尾行・張り込みは、結局不発に終わっています。
     ついに、テールライトの近くまで寄ることができなかった…
     ―― ポンコツ車体もバッテリーがあがり、
         しばらく立ち往生。動けませんでしたわ…




2013年6月15日

                 大野くんの視線の先には、いつもミライの姿あり。



     ヘッドライトは、情報提供や協力を惜しまずにいてくださった、
     人々の灯りです。
     対向車線の向こうから、パッシングで合図を送ってくれたり、
     僅かな接点でも、大野くんを気にかけてくださる人たちがいました。

     そして、自分の車の後ろにも、心強いヘッドライトが見えます。
     同じ道の後方から、「弱気にならないで」「信じて進んで」と、
     ずっと、いつも、励まし続けてくれる、温かい灯です。

     皆さん ありがとう…


     旅はまだ終わらない

     夜道を歩く時、いつのまにか口ずさんでいる。
     耳の良い大野くんは、
     私の低い歌声を憶えていてくれるでしょうか…






旧い日記

10年後のふみとキツネ



     16歳の時からぽつりぽつりと書いていた日記。

     日記と呼べるペースで向かってはいなかったので、
     数え直してみても、たぶん十数冊にしかならないと思います。

     それでも、思いついた時にノートを開いて、
     1994年までは続いていた手書き日記です。


     その後、生活環境が激しく変化したせいか、
     日記を書く余裕がまるでなくなりました。


     


震災から一年




     2004年春。ちょうど10年前。

     シンプルなノートパソコンでうつうつ用を済まし、
     インターネットというものとほぼ無縁だった自分も、
     ついに思いきって環境を整えました(ローンは苦しかった…)。


     振り返ってみると、意外にネットサーフィンはしませんでした。
     当時、プロバイダーが会員用に設置していたコミュニティで、
     まず日記を書くことから始めていました。
     きっと、とにかく何か書いていたかったんでしょうね。



   

大野くんの母性





     数年前、そのコミュニティのサービス提供が終了する際、
     Cafe友さん(OCN cafe という場でした)の奨めもあって、
     ログの保存⇒プロバイダーブログへの移行という手続きを、
     取り急ぎ済ませました。


     2005年秋から、現在のこちらのブログのほうがメインになってしまい、
     Cafe日記のほうは、ほとんど書かなくなっていました。
     それでも、ログの保存後、確認してみたら、
     1年半の間に、約150記事くらいは書いていたようです。


     週末に、昔のCafe日記の一部を読み返してみました。
     ふみが逝った後、形ばかりの更新しかしていなかったので、
     自分の過去日記を読むのは、数年ぶりです。


     「意外と明るく、前向きに取り組んでる日記だったなあ」
     ―― というのが、自分自身の感想です。


     意識して、荒れた中身にしないようにしてたのかな…
     高齢のふみと暮らしながら、まだあの頃、
     『絶望』の二文字はくっきり顕れていなかったのかもしれない。




2014年4月12日15時






     日記の冒頭、つまり最後に書いた記事が、
     『大野くん』の紹介で、沈痛な気持ちにもなるけれど、
     あらためて、ミライ・黒絵と、
     大野くんの帰宅を待とうと思いました。


     婆猫ふみちゃんのスローライフ 


    
今は、スローライフとは程遠く、
     毎日ヘロヘロになって、テンパってますが…


夏への扉 2014 ~ The Door Into Summer ~

大野くんの背中




     人類は、あまりに多くの時間を、
     ネコのためにドアを開けたり閉めたりする事に費やしてきた



     このブログで何度か取り上げている、
     ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』の冒頭の一節です。


     文庫本で初めて読んだ19の時、
     この一節にひどく惹きつけられ、「うん、うん!」と頷きました。

     「そうなんだよなあ…ネコってやつは、もう」


     猫が家の室内外を自由に行き来していた、自分の10代。

     あの頃を振り返って、「旧き良き時代」というように
     感じてはいません。正直なところ。個人的に。

     当時から、猫に対する苦情はありましたよ。
     現在より、直球でやってくるのが、新旧の差かな?





ねらい

     



     鳴き声で外出希望を訴えるコ。
     無言でドアやガラス戸の前に座って、アピールするコ。

     そして、扉の開放が必ずしも、外出につながる訳ではない猫たち。

     ただ、外を眺めたいだけだったり、
     外気に触れた途端、お散歩気分がそがれてしまったり。

     その度に「え~出るんじゃないの?じゃ閉めるからね」と、
     人間は文句を言い、詫びの一つもなく立ち去る猫。

     それはまだ楽なほうで、「しばらくこうしていたいの…」という場合は、
     人間もある程度、出入り口近辺で猫につきあわねばなりません。


     面倒くさがりで腰が重い人間なのに、
     彼らの要求にはたいてい屈してしまっているのです。

     いやはや。ネコってやつは、人間の扱いをよう心得てます。





下っ腹たぷたぷの宿命





     ふみが、「このまま、しばらくこうしていたいの」というタイプでした。
     ベランダまで出て、それ以上は動き回らない。
     彼女がその視線の先に見ていたものは、何だったんだろう。


     大野くんも、活発なキジトラながら、性質はふみとほぼ同じなんです。
     内弁慶だから、ベランダの内側という“安全圏”で、外気を愉しむ。



     今、完全室内飼いが、猫と暮らす人々の間では主流のようです。

     大野くん探しの過程で、知り合った猫好きさんは、
     ほとんど完全室内飼いのスタイルを定着させていました。
     苦情と、猫自身への危険を避けるために。

     時の流れとともに、人と動物を取り巻く環境は大きく変化しています。

     



ふみの日課 パトロール







     5月に入って、踏み切った、黒絵の完全室内飼い。

     黒絵が外の世界に出ないまま、1か月が経ちます。
     長かったような、あっという間だったような…
     でも、まだ闘いは続くので、
     黒絵はもちろん、ミライにも辛抱してもらいます。


     黒絵の出入り口だったガラス戸を、完全に閉めた。

     あの窓は、大野くんの帰りを待つために、
     ずっと、開け続けていた空間なのです。


     そこを、閉じなければならなかった…
     無念だ…

     ただ、大野くんを待つことをやめたんじゃないよ。
     この気持ち、地面を駈けて、大野くんに届け――

 

ジョーカー

2014年3月21日15時




     黒絵は、“ジョーカー”だ…


     そう口に出して言ったのは、先月でしたが
     (たぶん、「初めて」と自分で思っているだけかも…)、
     心の中では、だいぶ前から何度も呟いていました。



     ジョーカーは、トランプで「最高の切り札」にもなるらしい。

     でも、トランプ遊びはもっぱら「ババ抜き」だった自分には、
     その“ババ”のイメージしかありません。

     持っていたら厄介な札。
     敗北を余儀なくされる札。





2014年2月20日23時





     空腹を訴えて、部屋の前に黒絵が現れたとき。

     野良への餌やりで苦情を受け、
     一度は見捨てようとしながら、
     執念で部屋に入り込んでいた黒絵を見つけたとき。


     結局、常識的な判断のもとに行動できない私は、
     拒むことをしませんでした。


     だから、“ババ”を引いてしまったのではなく、
     自ら選び取ったという事ですよね…


     彼が、トラブルの火種になる存在だと、
     過去の出来事が実証してくれているし、
     将来に対しても、不安は抱えていました。


     なのに、何でもすぐに諦め、
     努力をちょっとばかりして成果が得られないと、
     「やっぱり無理なんだ」と、楽な途に落ち着いちゃう。


     すべてにおいて、自分はそうです。
     自業自得だと感じるばかりの人生です。



     

2013年6月18日







     好奇心旺盛で活発なミライが、
     黒絵の外出に興味を示して「アウトドア派」になる事を、
     危惧しながらも、防止することができなかったとき。


     その結果、もともとは野外行動を望んでいなかった
     大野くんが、ミライの監督者として
     共に外へ出てゆくようになったとき。


     ネックになるのは、常に黒絵の存在でした。
     完全室内飼いをとうに諦めていた、黒絵。



     もちろん、彼に責任があるのではありません。
     絶対。
     飼育管理者である私が、
     無為無策であった、その事実に問題があるのです。


     自業自得かあ…
     猫たちに、申し訳ない。

     ミライ、ごめん。
     黒絵、自由を奪って、すまない。


     そして、大野くん。
     ごめんね。
     本当に、ごめんね…



 

嵐の季節



     お久しぶりです。
     前回の記事から、あっという間に半月以上のブランク。


     いつも、ありがとうございます。

     そして、すみません…




20050528のふみ




     感情をむき出しにすることは、めったにありません。

     平和主義であるとか、穏やかな性質をもっている訳ではなく、
     単に、エネルギータンクが空っぽなのだと思います。


     その延長で、「言われっぱなし」である事も多いです。

     人から攻撃されて何も感じない…筈がない、さすがに。
     むかっ腹を立てたり、ダークな気分に陥りますとも!


     ただ、それで反撃に出るかというと、実行はしない。

     気持ちと行動の間には、けっこう厚い壁が在りますね。
     我慢…事なかれ主義…とは、やっぱり違う。

     心に異変が生じた後は、既にエネルギーが無いんです。


     相手にしてみれば、「言いやすい」対象だと思います。





2005年4月拳に力をためるポーズ




     そんな私が、自分でもびっくりするくらい激昂してしまい、
     相手に向かって大反撃する出来事がありました。


     詳細は控えますが、
     ふみが逝った後の当ブログを読んでくださっている方々には、
     だいたいお察しいただける事だろうと、思います。


     あんまりだなあ。
     理不尽だよなあ。
     そう思って。


     自己満足な表現を赦していただけるなら;
     あれは、“憤怒”でした。
     そして、反撃しながら両目ににじみ出てきたのは、
     “血の涙”です。

     あ。やっぱり、
     かっこつけすぎの表現だわ
 






黄色い布団とふみ






      クールに理詰めで応戦できたら理想的なんだけど、
      そこは、性能の低い自分の限界で、
      「頭のおかしなオバハン」が喚いてる形になっちゃった。
      かっこ悪かったけど、でも、自分が反撃に出た事を、
      後悔などしてはいないのです。


      それにしても、いや~な気分にどっぷり浸かった状態で、
      4月が終わり、
      大野くんが戻らないまま、7か月が経ってしまいました。


      少しずつでも、“何か”を取り戻していけるでしょうか。

      平穏な生活を、切に望んでいます。


      

うつむいて歌おう(独唱)



2011年1月の大野くん「




     大野くん探しの過程で、
     彼のチラシを見た人から「可愛~い♪」と言われると、
     嬉しさより戸惑いを感じたものです。


     「捜索中の猫をほめられても…」と、
     そんな心境で複雑な気持ちになったのではありません。


     同居人として、大野くんの容貌を
     「可愛い」範疇に入れてなかったんですよね。





手のひらゴハン


              キャッチャーミットのように分厚い手は、私です…



     大野くんの顔は、ファニーフェイスというのかな。
     コミカルな顔立ちだと私は受けとめていました。


     「ふみと比べちゃうからかもしれないけど、
      率直に言うと、ルックス面ではそれほどでもない仔だね」
     ―― なんと、大野くんを私のために保護してくれた親友に、
         こんな失礼な言い方をしていたのです。



     ひゃあ~!!この罰当たり。
     あ。そうだよ、遂に昨秋、天罰が私に下ったんじゃないか?





上を向いて




     大野くん探しを始めてから、
     「とても似ているキジトラ」が目撃され、
     その情報をもとに、該当する猫に対面を果たす度に
     (不思議なもんで、「猫違い」キジトラとは遭遇できるのです)、
     「尻尾、口周り、主要な特徴は一致しているけど、顔が違う」
     という体験が重なっていきました。


     顔の違い…そう、大野くんは、もっと愛嬌のある顔なのっ 



     声に出して言うことはできません。
     だって、彼のことを気にかけてくれていた人が、
     見つけようとして、教えてくれた成果なんだもの。
     そこに感じるのは、落胆よりも、ありがたみです。



     逢えば、わかる。
     言い換えると、逢わなければ判らない。



     季節は、早くも夏へとペダルをこぎ始めたようです。

     日がのびて、職場から地元の駅に着く時刻、
     まだ陽射しが去りきらず、
     少しずつ明るさが残るようになりました。


     
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     家路をたどっていると、大野くんの姿に出逢えそう。
     そんな気持ちが、懲りずに育っていきます。


     部屋でお腹を空かして待つミライを気にしつつ、
     あえて歩調をゆるめて、住宅街を歩いていきます。


     低い声で小さく歌いながら、ゆっくりと…


     いつも、キミのことを想いながら、歌っているんだよ。



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