文世さんに逢いたい

「婆猫ふみちゃんのスローライフ」を綴りたくて、 2004年から始めたブログですが、
ふみは2009年3月に19歳10か月で逝きました。

桜を待つ季節

2012年1月15日



    2014年の後半、このブログに全く戻って来なかったなんて、
    自分でも驚いています。
    ため息を通り越して、動悸がするくらい…
    2014年のうちに、必ず更新するつもりでいたのに。

    戻って来ないなんて、大野くんみたいじゃないか。

    ようやく更新したけれど、それが嬉しいお知らせを伴うものじゃなくて、
    申し訳ない。大野くんは、依然として“不在”であります。

    2014年6月のブログアップの後、
    変わった事といえば;
    掲示をお願いしていた「迷い猫」の貼り紙が、
    完全に消えた事、でしょうか。


    大野くんはたぶん、あるマンションの1階で暮らしています。

    2014年1月と2月、大野くんに似たキジトラを目撃しました。
    どちらも、仕事帰りの夜道ではありましたが、
    「今まで遭遇したキジトラの中で、一番似ている…」
    いや。本物の大野くんなんじゃないだろうか?
    そのぐらいソックリに思えたのです。

    1月の夜は、ある部屋のベランダの中に去っていき、
    2月の夜は、同じ部屋のベランダ前に座っていました。
    1回目は、興奮を隠せない人間が迫ってきて戸惑ったでしょう。
    2回目は、逃げずに、でも距離を置いたまま対峙してくれました。

    小さく、大野くんの名前を呼んで、距離を縮めようとしたけれど、
    そのとてもよく似たキジトラは、私が誰か判らない様子です。

    経緯を知ったねこ友さんが、
    どんなに人馴れして、可愛がられていた猫でも、
    自分のテリトリーから外れた場所では、
    長年暮らした人間を識別する事が難しくなってしまうのだと、
    教えてくれました。

    そうだな…無理もない、と思えます。
    あれが大野くんだとして、行方不明になって3か月~4か月の
    時間が経過していました。私にとって長い月日だったのだから、
    猫にとってはいっそう長いブランクです。


    大野くんに“激似”のキジトラは、首輪を着けていました。
    偶然にも、ミライの首輪と同じものです。
    生後2か月半のミライに首輪を装着している時、
    大野くんは羨ましそうに見つめていた。
    それと全く同じモノを身に着けている、“激似”キジトラくん。

    その後、いくつかの目撃情報を得て、
    9月にはようやく、“激似”キジトラくんが大野くんであると、
    確信するに至りました。
    
    100%確定とは断言できないのです。
    “激似”キジトラくんが暮らしている部屋の住人さんに、
    直接尋ねてみれば、真相は明らかになるでしょう。
    でも、それを実行することはためらわれます。

    あのキジトラくんが、もし大野くんであった場合、
    部屋の住人さんにとって、私の訪問は
    歓迎できないものかもしれません。


    考える月日のほうが、足を使って探し回った月日より、
    長くなっていました。

    私は、「大野くんが幸せに暮らしている」と安堵する、
    日常を選択しました。
    そこに落ち着くことにしてみたのです。

    もちろん、迷いは今も絶えず
    まとわりついてきますけれども…




    
ちび兄失踪の24時間後


    

ヘッドライト・テールライト

2011年4月12日

                 この写真、よくよく見ると、
                 大野くんが私の背中~踵にべったり密着してるんですね。




     TVのほうは観たことがないけれど、
     エンディングに流れていたという『ヘッドライト・テールライト』は、
     一度耳にしただけで好きになりました。
  

     やりきれなくなったり、虚無感に襲われると、
     いつのまにか口をついて出ている唄です。

     自分のカラオケの定番でもありました…







2011年4月10日





     曲の内容には、いろいろと解釈があるようで
     (中島みゆきの曲は、往々にして“解釈論”の対象になるものです)、
     まず、タイトルでもある「ヘッドライト」と「テールライト」、
     それが意味するものは何なのか?


     私なりに解釈していたのは;

     テールライトは、少~し先に灯っているように見える、
     自分がたどり着こうとしている地、あるいは人。
     でも、どこまで行っても距離は縮まらず、
     テールライトは遠くに見えるままなんだよな…

     ヘッドライトは、反対車線を通り過ぎていく車の灯。
     人生は、長い目で見ても、短いスパンで考えても、
     “一期一会”に近いものですから、
     束の間接点をもち、やがて人と人はすれ違ってゆく…


     


2012年12月24日





     大野くん探しにひとまず一段落をつけ
     (言うまでもなく“終止符”ではないけれど)、
     短い春を過ごし、
     雨音を聴く機会の多くなった最近、
     また、『ヘッドライト・テールライト』の歌詞について考えています。


     この8か月の間、自分が追い求めていたのは、
     大野くんという「テールライト」だったのではないか。

     「あ、あれは大野くんの短い尻尾じゃない?」
     アクセルを踏み込んで、接近するたび、
     それがよく似たキジトラである事の確認に終わり、
     私のポンコツ車体は、交通の流れにも配慮せず、
     ぷしゅ~っと減速したものです。

     2か月近く、尾行していた時期もありました。
     テールライトは、遠く、微かに見えるか見えないほどで、
     でも、近づかないことには、大野くんなのかどうか
     確証を得ることができません。

     この尾行・張り込みは、結局不発に終わっています。
     ついに、テールライトの近くまで寄ることができなかった…
     ―― ポンコツ車体もバッテリーがあがり、
         しばらく立ち往生。動けませんでしたわ…




2013年6月15日

                 大野くんの視線の先には、いつもミライの姿あり。



     ヘッドライトは、情報提供や協力を惜しまずにいてくださった、
     人々の灯りです。
     対向車線の向こうから、パッシングで合図を送ってくれたり、
     僅かな接点でも、大野くんを気にかけてくださる人たちがいました。

     そして、自分の車の後ろにも、心強いヘッドライトが見えます。
     同じ道の後方から、「弱気にならないで」「信じて進んで」と、
     ずっと、いつも、励まし続けてくれる、温かい灯です。

     皆さん ありがとう…


     旅はまだ終わらない

     夜道を歩く時、いつのまにか口ずさんでいる。
     耳の良い大野くんは、
     私の低い歌声を憶えていてくれるでしょうか…






旧い日記

10年後のふみとキツネ



     16歳の時からぽつりぽつりと書いていた日記。

     日記と呼べるペースで向かってはいなかったので、
     数え直してみても、たぶん十数冊にしかならないと思います。

     それでも、思いついた時にノートを開いて、
     1994年までは続いていた手書き日記です。


     その後、生活環境が激しく変化したせいか、
     日記を書く余裕がまるでなくなりました。


     


震災から一年




     2004年春。ちょうど10年前。

     シンプルなノートパソコンでうつうつ用を済まし、
     インターネットというものとほぼ無縁だった自分も、
     ついに思いきって環境を整えました(ローンは苦しかった…)。


     振り返ってみると、意外にネットサーフィンはしませんでした。
     当時、プロバイダーが会員用に設置していたコミュニティで、
     まず日記を書くことから始めていました。
     きっと、とにかく何か書いていたかったんでしょうね。



   

大野くんの母性





     数年前、そのコミュニティのサービス提供が終了する際、
     Cafe友さん(OCN cafe という場でした)の奨めもあって、
     ログの保存⇒プロバイダーブログへの移行という手続きを、
     取り急ぎ済ませました。


     2005年秋から、現在のこちらのブログのほうがメインになってしまい、
     Cafe日記のほうは、ほとんど書かなくなっていました。
     それでも、ログの保存後、確認してみたら、
     1年半の間に、約150記事くらいは書いていたようです。


     週末に、昔のCafe日記の一部を読み返してみました。
     ふみが逝った後、形ばかりの更新しかしていなかったので、
     自分の過去日記を読むのは、数年ぶりです。


     「意外と明るく、前向きに取り組んでる日記だったなあ」
     ―― というのが、自分自身の感想です。


     意識して、荒れた中身にしないようにしてたのかな…
     高齢のふみと暮らしながら、まだあの頃、
     『絶望』の二文字はくっきり顕れていなかったのかもしれない。




2014年4月12日15時






     日記の冒頭、つまり最後に書いた記事が、
     『大野くん』の紹介で、沈痛な気持ちにもなるけれど、
     あらためて、ミライ・黒絵と、
     大野くんの帰宅を待とうと思いました。


     婆猫ふみちゃんのスローライフ 


    
今は、スローライフとは程遠く、
     毎日ヘロヘロになって、テンパってますが…


夏への扉 2014 ~ The Door Into Summer ~

大野くんの背中




     人類は、あまりに多くの時間を、
     ネコのためにドアを開けたり閉めたりする事に費やしてきた



     このブログで何度か取り上げている、
     ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』の冒頭の一節です。


     文庫本で初めて読んだ19の時、
     この一節にひどく惹きつけられ、「うん、うん!」と頷きました。

     「そうなんだよなあ…ネコってやつは、もう」


     猫が家の室内外を自由に行き来していた、自分の10代。

     あの頃を振り返って、「旧き良き時代」というように
     感じてはいません。正直なところ。個人的に。

     当時から、猫に対する苦情はありましたよ。
     現在より、直球でやってくるのが、新旧の差かな?





ねらい

     



     鳴き声で外出希望を訴えるコ。
     無言でドアやガラス戸の前に座って、アピールするコ。

     そして、扉の開放が必ずしも、外出につながる訳ではない猫たち。

     ただ、外を眺めたいだけだったり、
     外気に触れた途端、お散歩気分がそがれてしまったり。

     その度に「え~出るんじゃないの?じゃ閉めるからね」と、
     人間は文句を言い、詫びの一つもなく立ち去る猫。

     それはまだ楽なほうで、「しばらくこうしていたいの…」という場合は、
     人間もある程度、出入り口近辺で猫につきあわねばなりません。


     面倒くさがりで腰が重い人間なのに、
     彼らの要求にはたいてい屈してしまっているのです。

     いやはや。ネコってやつは、人間の扱いをよう心得てます。





下っ腹たぷたぷの宿命





     ふみが、「このまま、しばらくこうしていたいの」というタイプでした。
     ベランダまで出て、それ以上は動き回らない。
     彼女がその視線の先に見ていたものは、何だったんだろう。


     大野くんも、活発なキジトラながら、性質はふみとほぼ同じなんです。
     内弁慶だから、ベランダの内側という“安全圏”で、外気を愉しむ。



     今、完全室内飼いが、猫と暮らす人々の間では主流のようです。

     大野くん探しの過程で、知り合った猫好きさんは、
     ほとんど完全室内飼いのスタイルを定着させていました。
     苦情と、猫自身への危険を避けるために。

     時の流れとともに、人と動物を取り巻く環境は大きく変化しています。

     



ふみの日課 パトロール







     5月に入って、踏み切った、黒絵の完全室内飼い。

     黒絵が外の世界に出ないまま、1か月が経ちます。
     長かったような、あっという間だったような…
     でも、まだ闘いは続くので、
     黒絵はもちろん、ミライにも辛抱してもらいます。


     黒絵の出入り口だったガラス戸を、完全に閉めた。

     あの窓は、大野くんの帰りを待つために、
     ずっと、開け続けていた空間なのです。


     そこを、閉じなければならなかった…
     無念だ…

     ただ、大野くんを待つことをやめたんじゃないよ。
     この気持ち、地面を駈けて、大野くんに届け――

 

ジョーカー

2014年3月21日15時




     黒絵は、“ジョーカー”だ…


     そう口に出して言ったのは、先月でしたが
     (たぶん、「初めて」と自分で思っているだけかも…)、
     心の中では、だいぶ前から何度も呟いていました。



     ジョーカーは、トランプで「最高の切り札」にもなるらしい。

     でも、トランプ遊びはもっぱら「ババ抜き」だった自分には、
     その“ババ”のイメージしかありません。

     持っていたら厄介な札。
     敗北を余儀なくされる札。





2014年2月20日23時





     空腹を訴えて、部屋の前に黒絵が現れたとき。

     野良への餌やりで苦情を受け、
     一度は見捨てようとしながら、
     執念で部屋に入り込んでいた黒絵を見つけたとき。


     結局、常識的な判断のもとに行動できない私は、
     拒むことをしませんでした。


     だから、“ババ”を引いてしまったのではなく、
     自ら選び取ったという事ですよね…


     彼が、トラブルの火種になる存在だと、
     過去の出来事が実証してくれているし、
     将来に対しても、不安は抱えていました。


     なのに、何でもすぐに諦め、
     努力をちょっとばかりして成果が得られないと、
     「やっぱり無理なんだ」と、楽な途に落ち着いちゃう。


     すべてにおいて、自分はそうです。
     自業自得だと感じるばかりの人生です。



     

2013年6月18日







     好奇心旺盛で活発なミライが、
     黒絵の外出に興味を示して「アウトドア派」になる事を、
     危惧しながらも、防止することができなかったとき。


     その結果、もともとは野外行動を望んでいなかった
     大野くんが、ミライの監督者として
     共に外へ出てゆくようになったとき。


     ネックになるのは、常に黒絵の存在でした。
     完全室内飼いをとうに諦めていた、黒絵。



     もちろん、彼に責任があるのではありません。
     絶対。
     飼育管理者である私が、
     無為無策であった、その事実に問題があるのです。


     自業自得かあ…
     猫たちに、申し訳ない。

     ミライ、ごめん。
     黒絵、自由を奪って、すまない。


     そして、大野くん。
     ごめんね。
     本当に、ごめんね…



 

嵐の季節



     お久しぶりです。
     前回の記事から、あっという間に半月以上のブランク。


     いつも、ありがとうございます。

     そして、すみません…




20050528のふみ




     感情をむき出しにすることは、めったにありません。

     平和主義であるとか、穏やかな性質をもっている訳ではなく、
     単に、エネルギータンクが空っぽなのだと思います。


     その延長で、「言われっぱなし」である事も多いです。

     人から攻撃されて何も感じない…筈がない、さすがに。
     むかっ腹を立てたり、ダークな気分に陥りますとも!


     ただ、それで反撃に出るかというと、実行はしない。

     気持ちと行動の間には、けっこう厚い壁が在りますね。
     我慢…事なかれ主義…とは、やっぱり違う。

     心に異変が生じた後は、既にエネルギーが無いんです。


     相手にしてみれば、「言いやすい」対象だと思います。





2005年4月拳に力をためるポーズ




     そんな私が、自分でもびっくりするくらい激昂してしまい、
     相手に向かって大反撃する出来事がありました。


     詳細は控えますが、
     ふみが逝った後の当ブログを読んでくださっている方々には、
     だいたいお察しいただける事だろうと、思います。


     あんまりだなあ。
     理不尽だよなあ。
     そう思って。


     自己満足な表現を赦していただけるなら;
     あれは、“憤怒”でした。
     そして、反撃しながら両目ににじみ出てきたのは、
     “血の涙”です。

     あ。やっぱり、
     かっこつけすぎの表現だわ
 






黄色い布団とふみ






      クールに理詰めで応戦できたら理想的なんだけど、
      そこは、性能の低い自分の限界で、
      「頭のおかしなオバハン」が喚いてる形になっちゃった。
      かっこ悪かったけど、でも、自分が反撃に出た事を、
      後悔などしてはいないのです。


      それにしても、いや~な気分にどっぷり浸かった状態で、
      4月が終わり、
      大野くんが戻らないまま、7か月が経ってしまいました。


      少しずつでも、“何か”を取り戻していけるでしょうか。

      平穏な生活を、切に望んでいます。


      

うつむいて歌おう(独唱)



2011年1月の大野くん「




     大野くん探しの過程で、
     彼のチラシを見た人から「可愛~い♪」と言われると、
     嬉しさより戸惑いを感じたものです。


     「捜索中の猫をほめられても…」と、
     そんな心境で複雑な気持ちになったのではありません。


     同居人として、大野くんの容貌を
     「可愛い」範疇に入れてなかったんですよね。





手のひらゴハン


              キャッチャーミットのように分厚い手は、私です…



     大野くんの顔は、ファニーフェイスというのかな。
     コミカルな顔立ちだと私は受けとめていました。


     「ふみと比べちゃうからかもしれないけど、
      率直に言うと、ルックス面ではそれほどでもない仔だね」
     ―― なんと、大野くんを私のために保護してくれた親友に、
         こんな失礼な言い方をしていたのです。



     ひゃあ~!!この罰当たり。
     あ。そうだよ、遂に昨秋、天罰が私に下ったんじゃないか?





上を向いて




     大野くん探しを始めてから、
     「とても似ているキジトラ」が目撃され、
     その情報をもとに、該当する猫に対面を果たす度に
     (不思議なもんで、「猫違い」キジトラとは遭遇できるのです)、
     「尻尾、口周り、主要な特徴は一致しているけど、顔が違う」
     という体験が重なっていきました。


     顔の違い…そう、大野くんは、もっと愛嬌のある顔なのっ 



     声に出して言うことはできません。
     だって、彼のことを気にかけてくれていた人が、
     見つけようとして、教えてくれた成果なんだもの。
     そこに感じるのは、落胆よりも、ありがたみです。



     逢えば、わかる。
     言い換えると、逢わなければ判らない。



     季節は、早くも夏へとペダルをこぎ始めたようです。

     日がのびて、職場から地元の駅に着く時刻、
     まだ陽射しが去りきらず、
     少しずつ明るさが残るようになりました。


     
大野くんメールフォーム











     家路をたどっていると、大野くんの姿に出逢えそう。
     そんな気持ちが、懲りずに育っていきます。


     部屋でお腹を空かして待つミライを気にしつつ、
     あえて歩調をゆるめて、住宅街を歩いていきます。


     低い声で小さく歌いながら、ゆっくりと…


     いつも、キミのことを想いながら、歌っているんだよ。



目の前の存在を愛せよ



9年前のふみ抱っこ



     ちょうど9年前のふみです(16歳になる直前)。
     性質の殆どが私と同じだったふみ(粘着質・非社交的)は、
     スキンシップも苦手。

     当然、抱っこは大嫌いなので、
     これは貴重な写真かもしれません
     (キイロイトリがコリラックマに後ろから羽交い絞めにされている、
      そのポーズは“イヤイヤ抱っこ”と呼ばれるらしい…)。




     正気を喪いながらも、師走の頃からでしょうか、
     心の奥で気づいていた事があります。


     ―― 自分はいつも、目の前の存在を大切にしていない。





2012年1月22日




     大野くんと暮らした4年間。
     厳密には、完全な“ふたり暮らし”だった2年間。

     ふみの後に、自分の為に来てくれた彼が、
     「特別な存在」であると認識しながらも、
     現実の対応は、けっこう“雑”だった気がします。


     そういう自覚が、時おり胸に浮かびあがり
     (時おりかよ~  )、
     大野くんの(ストーカー的)愛情に応えていない自分を、
     反省することが幾度もありました。



     言い訳になりますが;
     動物と暮らす日常に馴れると、
     彼らへの対応(各種世話、ご機嫌とり等)が、
     どうしても、ルーティン・ワークになってしまうんです。
     好く言えば、「生活にすっかり定着している」状態。


     高齢であるふみに対しても、私のそういう、
     “雑”な、ルーティンワーク対応というのはありました。
     

     「ふみの為だけに生きていた日々」が、
     「大野くんの為だけに生きる日々」に自然に移行。

     でも、そのわりには、気がつくと、目の前の大野くんより
     私を置いて逝ってしまったふみの事ばかり考えていました。


     「ふみの存在しないこの世に生き続けるなんて…」と、
     これは毎日のように思っていましたね。


     ストーカー・大野くんが、就寝後も執拗に甘えてきたのは、
     たぶん純粋に、私の愛情を欲してくれていたのだと思います
     (相変わらず、親バカですが)。


     励ましてくれたのに。
            支えになってくれたのに。


     大野くん失踪まで、
     ブログのメインは依然、ふみでしたもんね。
     それまでの4年間、大野くんの記事&写真は少なすぎる!!
     


     上の写真は、ちょうど、今の仕事の採用が決まる前夜。
     大野くんが居たからこそ、現在があるのでは…

     



生後7週間のミライ


                   ミライ「お兄ちゃん、帰ってくる?」
                   私  「うん。必ず帰ってくるよ」



     大野くんが行方不明になった途端、
     彼が「特別な存在」である事を猛烈にアピールしだして、
     「面の皮が厚い」というか(これはもともと)、
     「都合の好い事やってるよなあ」と、
     大野くん探しにとり憑かれた自分を、
     冷ややかに観る、もう一人の自分が居た気がします。
     過去と現在を比べて。


     そんなに大切にしてなかったじゃんか。
     目の前の大野くんより、ふみの事ばかり想ってたくせに。


     大野くんが天寿を全うするのを見届けるより、
     大野くんに、死に水を取ってもらおうなんて、
     孤独死を前提に夢想していたじゃないか…


     ―― だから、大野くんが私を見限ったのかもしれない。




大雪を過ぎた頃のミライ




     ブログを書いたり、大野くん探しのチラシを作成したり、
     そのためにパソコンに向かっている時、
     自分の後ろに、いつのまにかミライが来ています。

     たいていは眠っているんだけど、
     最近ではよく、お腹をどーんと見せて、
     甘えるポーズをとるようになりました。

     ハッとさせられて、胸に痛みが走ります。
     お兄ちゃんお得意のポーズではないか…


     上の写真は、2月。
     2度の大雪が過ぎ去った頃のものです。

     すっかり肉付きがよくなって、
     “怪獣”ミライも、かつてほど俊敏ではなくなりました。


     が。狂暴でなくなった訳ではない。
     それに、鈍重な私が油断できるほど、
     彼女の俊敏さは失われてはいないのです。

     
     やっぱり、ミライの遊び相手を務められるのは、
     大野くんしかいない。
     とても疲れるだろうけど。


     そして、今はまだどうしても、
     目の前のミライより、私は
     「旅に出ているキジ寅さん」に、
     心の根っこを奪われたままなのです。





妹よ…3

0706_17時19分50秒

2013年7月6日17時19分50秒






     昨年、「妹よ…」という記事を書いた後、
     タイトルに拝借した、かぐや姫の曲を
     某動画サイトで聴いてみました。


     じっくり歌詞を聞くのは初めてに近いのですが、
     え~っと…容赦ないフレーズにやや衝撃を受けます。


     ―― おまえは器量が悪いのだから

     ―― どんなことがあっても我慢しなさい


     ひでぇ~(涙が出るほど大笑い)


     自分がもうどうでもエエ歳になったから、
     笑って聴けるんだなぁと、
     そういう現実も踏まえたところで、感じ入る詞でした。


     それに、容赦のない表現(苦笑)も気にならないくらい、
     兄ちゃんの愛情が隅々まで染み込んでる曲だもんね。




寝姿1



     お兄ちゃんが常にそばに居る頃から、
     ミライは100人の人が見たら、97人は
     「かわいいっ!!」と言ってくれるような仔猫でした。
     
     あの傲慢な怪獣ぶりが、前提に歴然とあっても…。



寝姿2



     同じ♀猫でも、ヒロ&ふみは“好み”で評価が分かれたと思います。


     ヒロは、縄張りを持つ外向的な猫だったので、
     顔のつくり自体はふみと同じでも、やや“強面”。

     
     ふみは、いつも不服そうな顔をして、
     幸薄げな風情を漂わせていました。
     ふみを溺愛していた友人曰く;
     「厳密には、そ~んなに可愛い顔なのではない」そうで。


     2匹とも、味わい深い顔立ちで、人から愛されました。




生後2か月のミライと大野くん





 
     大野くんは、ミライが愛しくて、心配でしようがない。
     血の繋がりばかりじゃないんだなぁ。


     お兄ちゃんが居ない部屋で、半年過ごしてきたミライ。
     寝姿が妙な形になっている写真は、生後3~4か月の頃。


     今ではすっかり肉付きのよい身体になったせいなのか、
     仔猫時代のポーズは見せなくなっています。


     また、一枚、大野くんの貼り紙を、はずしていただきました。
     今回は、かかりつけの動物病院から…。
     長い間ずっと、ありがとうございます。



     再来週には、満1歳の誕生日(推定)を迎えるミライ。
     お兄ちゃんに、そばで祝ってもらいたいよ。





春にうごめく、闇

17時19分18秒


                   2013年7月6日17時19分18秒



17時19分40秒


                   2013年7月6日17時19分40秒




     こんなに、お兄ちゃんのストーカーになりきっていたミライ。
     おまえの記憶の中で、お兄ちゃんは今、どうなっているの?


     情報が少しでも集まらないかと、
     しばらく、県内・市内の地域バナー(ぶろぐ村)を貼っていました。
     結果は、まぁ、さっぱり…これも、“情報”の一つですね。

     久しぶりに、本来の「派遣社員」バナーに戻すことにします。
     3月あるいは4月にはそうしようと、決めていました。


     現在の派遣就業は、3年目に入っています。
     振り返る2年間は、あっという間に過ぎたようでも、
     いろんな思いの詰まった月日です。


     濃い、というより重い。
     好きで選んでいる仕事だし、自分のためにもなっている
     (経済的には、それほど割の良いものではありません)。
     だから続いてきたし、続けていきたいと考えています。


     ただ、やっぱり3年間が区切りになるのではないか…

     改正される派遣法は、必ずしも派遣という雇用形態で働く側を
     護ってくれる訳ではないのですよ。
     派遣先・派遣元が困る事態には、きっとなりません。


     「派遣を選んでいる本人の意思」が、結局問い質される。

     間接雇用を選ばざるを得ない、社会の状況を踏まえつつも、
     派遣スタッフに対する偏見というのは、存在します。


     それでも、自転車がこげなくなって、倒れる所まで、
     この道を進んでいくしかない、現在の自分です。


     

生後2か月のミライと大野くん




     現在の職場で1年間が過ぎ、2年目に入ってからもしばし、
     悶々と悩む日々が続いていました。


     「ここで自分ごとき低スペック人間は、通用しないのではないか」
     ―― この不安と自信の無さは、1年でだいぶ薄らぎました
         (1年もかかってんのかいな!)

     常に、「必要とされない存在だ」と陰に籠るネガティヴ王だけど、
     仕事面では、かなり必死で、努力したのです(当然の事ながら…)。
     

     白髪が増えるという代償程度で、業務そのものに対しては、
     毎日、毎回悩みながら、「とにかく乗り越える」下地が
     心にどうにか出来上がったようです、お蔭さまで。



     問題は、自分の人生最大の弱点、対人関係ですかね。



     表面上はともかく、内心ではずっと荒れて、あがいていて、
     脱け出せない迷路、魔の洞窟に棲みついていた日々があります。


     しまいには、定石どおり自分自身が嫌いでたまらなくなるし、
     着実に、自分の内部に“毒”が溜まっていきます。


     “毒”は、人から受ける場合もあるけれど、
     たいてい、私の内部で生成されるものばかりです。
     そして、それを親しい人につい浴びせてしまう…!


     昨年のちょうど今頃、大野くんが初めて吐きました。

     うちに来て3年半、一度も吐いた事がなかった大野くんです。

     だから、よけいに驚き、心配しました。
     しかも、胃が空っぽになるまで、何度も苦しそうに吐いて。

     
     「猫はしょっちゅう吐くもんですよ」と、馴染みのドクターは
     あまり心配しすぎないようアドバイスしてくれました。

     でも、ふみの時に、嘔吐と腎機能低下の因果関係に気づかず、
     無頓着に見過ごしていた罪悪感が残っているので、
     念のため、血液検査を受けることにしました。

     結果は異常なし。大野くんは、採血時つらそうだった…


     今になって思えば、あの頃、私が毎日部屋で放っていた毒に、
     大野くんが侵されてしまったのかもしれません。

     一番近くに居た、960ピクセル以内の間柄なだけに。
     ごめんよ。すまなかった…大野くん。


 



              保護1か月弱のミライと黒絵


          「金は持ってきたんだろうな?」と、脅している訳じゃない黒絵。



     その後、職場の環境と人間関係に変化があり、
     私は、毒を生成する日々から解放されました。


     5月下旬にミライが来たことで、日常が慌ただしくなり、
     職場では仕事以外の事でもう、悩む余裕もなかったのです。


     ミライの育児をする日々の中で、
     大野くんの嘔吐は、コンスタントにありました。

     片眼がウィルス感染で開かなくなったり(これは以前から)、
     レントゲンで肺に炎症が見つかったり…


     よく頑張ってくれていたよ。

     感謝してもしきれないのだが、大野くんはもしかして、
     もう、この部屋にあまり好い想い出がないの?




  • ライブドアブログ