文世さんに逢いたい

「婆猫ふみちゃんのスローライフ」を綴りたくて、 2004年から始めたブログですが、
ふみは2009年3月に19歳10か月で逝きました。

雪がたり

2014年2月8日~9日の雪(足跡なし)







     師走の頃とはまた違った意味で、
     瞬く間に時が過ぎ去っていったような2月でした。

     皆さんも、大雪で大変だったのではないでしょうか。
     関東南部の自分は、つい過去形で言ってしまうけれど、
     今でも不便でつらい状態に置かれている方々が
     大勢いらっしゃる筈です。




2014年2月9日(轍あり)




     1月は、昨年の延長でまだ捜索活動を続けられました。
     結果が、どれも芳しくないにしても。
     2月は、さすがに身動きがとれなかったですね。
     「日数が少ない月とはいえ、ここまで2月は短いのか…!…」
     振り返ると、そんな1か月でした。


     写真は、1回目の大雪となった、2月9日の早朝のものです。
     前日から夜の間、吹雪いて積もった雪が、
     まだ雪かき作業の始まらない町を完全に覆い尽くしていました。

     外の猫の為に「にゃんこハウス」を設けている方たちも、
     雪と猫の様子に気を揉み、長い2日間になったと聴きます。



冬はあったか気持ち好くないと…



     1回目の大雪の時は、大野くんの事を考え、
     ただでさえ正常じゃなくなっている頭のネジが、
     さらに何本もぶっ飛んでしまった気がします。


     2回目の雪の夜は、
     外で生きる猫たちに申し訳ないと思いながら、
     布団にくるまって、空想にひたりました。
     ―― 大野くんはきっと、こんな夜でも
         どこかの部屋でのったり寛いでいる…




大野くんのウラクロス



     大野くんが帰って来なくなって1週間ばかりの頃から、
     密かに考えていた事があります。

     生後7か月(推定)の大野くんを保護した友人は、
     「公園で遊ぶ子供たちの輪の中に、
      ふっと現れたの」と言っていました。
     
     その様子が不思議な情景になっていたのを想像し、
     大野くんがうちの“家猫”として定着してからも、
     時おり思い出し、むしろ強く胸に刻んでいた自分です。


     大野くんに出逢った友人は、
     ふみを喪って半年あまりの日々を生きる私に、
     すぐさま連絡してきてくれました。
     ―― この仔は、あっちゃんに必要な存在だ
     直感がそう告げたのでしょう。


     だから…
     大野くんを必要とする人のところへ(人間とは限らない)、
     移ることが急に決まったのかもしれない。



寂しかったのかい?




     10月から師走まで、その空想、いや、考えに落ち着くのは、
     現実逃避にしかならないと、度々打ち消してきました。
     でも、5か月が経過する今、私がそう考える事を、
     責めたり咎めたりする声も、脳内で聴こえてこないのです。


     大野くんは、LUCKY BOYであり、不思議な存在です。
     時間か空間か、扉を開けて、何処かに移動したのかな。


     私が彼を「必要としなくなった」と判断したのなら、
     それはとても大きな間違いだけど、
     私以上に、大野くんの援けが必要だという声に
     応えたのだったら、じゃあ、しかたないか…



 蛇足:タイトルは、宮沢賢治の短編『雪わたり』から
     思いついた言葉です。

  

刑事の靴

ちびとミライ






     大股で粗い歩き方をするせいか、
     あるいは、同年代の女性の中では歩くほうだからなのか
     (運動は基本的にしません!)、
     靴底がすり減って使えなくなるペースは早いです。


     半年に1足はダメになっちゃってるなあ。
     ⇒ 複数の靴を使い分けない、つまり貧乏だからか?


     大野くんが行方不明になる直前に、
     ちょうど靴を買い替えたばかりでした。
     その靴は、昨年のうちに底がパカッと割れちゃった。
     3か月もたなかった計算になりますね。


     刑事は、靴を擦り減らす仕事
     ―― あくまで小説・ドラマから仕込んだフレーズで、
         本職の人に聴いたことはないのですが。



     100日あまり、歩きました。
     市内のごく一部のエリアに絞っていたけれど、
     ほぼ、欠かさず毎日…

     この1か月は、捜索が行き詰まった事と悪天候が重なり、
     歩き回る頻度も距離も、ガクンと減っています。


     それにしても、びっくりするくらい、猫に逢わなかったなあ。
     同じ4か月半でも、これからの4か月半なら、
     はるかに状況は違うのかもしれません。




クリスマスの頃



     クリスマス直後、何日か続けて、
     午前2時~3時の町を走ったことがあります。

     「たぶん、このコに違いないよ」と、
     11月からあった目撃情報が強化される局面になり、
     猫が現れやすい時間帯を狙って、動きました。

     キャリーバッグと懐中電灯を持って、
     深夜の町を目的地まで走った。
     焦ったり、思い詰める、いつもの状態とは違って、
     気持ちが妙に高ぶっていた、そんな感覚が残っています。


     どうして、あんなに、逢える!って
     期待が湧きあがっていたんだろう。
     「今夜、連れて家に帰るんだ!」って、意気込んでた。



稲荷木神社左


     自宅から半径500メートルをメインに探しつつ、
     時おり、猫が自力では行けないような場所にも、
     足を運んでいました。

     写真は、歩き回っている途中に寄った、
     稲荷神社のものです。
     捜索では、公園と神社・お寺のチェックは欠かせません。



稲荷木神社右





     下のほうの狐さまは(向かって右側にある)、子連れですね。
     キツネ好きで、京都の伏見稲荷をはじめ、
     いろいろ稲荷神社にはお参りしてきたつもりだけど、
     こういう姿のお稲荷さんを目にするのは初めてです。

     子ぎつねを毅然と守っていらっしゃる…

    
     この神社には、昨年2回行きました。
     今年は、初詣に出かけなかったので(毎年だけど)、
     3月に入ったらお詣りしてこようと思います。



     そして、この神社からやや離れた所にある動物病院。
     11月の最初に貼ってくださった「迷い猫チラシ」を
     (かかりつけでも、ご近所ですらないのに…)、
     引き揚げてこようかと、考えているところです。
     もう、そういう時期に来ているのではないでしょうか。

     4か月も、有り難いことです。



ミライが立った!



     大野くん探しが不発に終わっても、
     部屋に戻れば、必ずミライと黒絵は居ます。
     
     落胆だけで終わりそうなところを、
     なんとか救ってくれる、2匹の存在です。


     もう履くことはできない、あのボロ靴。
     でも、捨てることもできないな、きっと…。
     

 

永遠に近いもの

16歳のふみ



     ふみの姉妹猫・ヒロが、急性腎不全で逝った2000年4月
     (11歳の誕生日の4日前でした)。
     
     避妊・去勢手術の普及、動物医療の進歩に伴い、
     ご長寿ペットが増えてきた、既にそういう時代ではありました。

     それでも、限界はあるのだと痛感します。
     
     むしろ、長生きする分だけ、“闘う”ものも増えてくる。
     人間も、加齢とともにあちこち、身体に支障が出てきますね。
     動物も、心臓や腎臓が悪くなり、癌の発症率も高くなるようです。

     だから、ふみに対しては、日々、
     ある程度の“覚悟”ができているつもりでした。

   
     もともと心臓のよくない猫が、婆さんになった訳ですから、
     部屋に戻った時、「生きているふみ」に逢えない、
     その状況を常に考えつつ、職場と部屋を往復していました。

     そんな風に覚悟する一方で、競馬やポケモンスタンプラリーに
     夢中で出かけていた、自分に甘い飼い主(パートナー)です。


     

寝落ち…



     “永遠”というものは、存在しない。
     信じてもいいけれど、それは幻想にすぎない。
     ―― 20代の頃、よく話し込みましたね。
     青臭い議論のようだけど、それこそ
     “永遠のテーマ”じゃないかなあ。

     
     何年経っても、いくつになっても考える“永遠”です。


     幻想であっても、“永遠”は存在するんだよ。
     ―― 20代の時に落ち着いた、結論です。
     確かに、理想と同じように、“永遠”は存在しない。
     でも、『永遠に近いもの』は在るんだよ。

     


ちびと黒絵



     “永遠”を感じるその時間を、ずっとずっと繋げていったら、
     それが、ほぼ“永遠”ってものになるんじゃないか?


     ふみが生き抜いたこの部屋で、
     「こんな時間がいつまでもいつまでも続いてほしい」
     数えきれないほど、幾度もそう願ってきました。

     ささやかな願いのようでいて、実は
     途方もなく遠大な野望なのかもしれません。
     捨てる気ないけど。



     外の猫たちは、一瞬一瞬を必死に生きていて、
     「“永遠”なんて、悠長なこと言ってんじゃねぇぞ」
     と叱られそうです。
     護れない命が、たくさんありすぎる…


桜を見せたかった未来


     出逢いは、2013年5月22日。

     初夏とはいえ、肌寒い風の吹く深夜の公園で、
     その仔猫は懸命に鳴き声をあげていました。


出逢い


     眼が開いているから、生後1か月には達すると思われる。
     でも、左の眼は真っ赤に充血して、殆ど潰れているかのよう。

     この子猫は、とても幸運です。
     何故なら、見つけてくれた人間が、
     ふみを溺愛していた友人だったから。

     
     癌との闘いが終わるまでの半年弱、
     右眼が破裂してしまっていた状態のふみと重ね合わせ
     (前回の日記で、私は左眼と書いています。
      大切なエメラルドの瞳が片方喪われた事には変わりがなく、
      無神経なようですが、左右の記憶が曖昧になっています)、
     友人は、どうしても見て見ぬふりができませんでした。



出逢いから90分後



     1時間半後、公園からひと駅離れたこの部屋に、
     仔猫はやっと落ち着きました。
     
     メシだ、牛乳だ、とオロオロする人間側。
     仔猫の世話をするのは、私も20数年ぶり。
     
     仔猫は、殆ど何も口にしようとはせず、
     ひたすら眠り続けていました。
     今思うと、安心して眠る事が、
     この時、仔猫が最も求めていた幸福だったのでしょう。



4日目のミライと大野くん



     ふみも大野くんもお世話になっている動物病院で、診察を受け、
     「左眼はウィルス感染症によって充血しているだけで、
      先天性のものではない。点眼と抗生物質で治る」ことが判りました。

     実際、治療を始めると、みるみる元気になり、
     部屋に来た3日後にはもう、大野くんと対等に(笑)
     じゃれ合うようになったのです。


こいつ、何なんだ…?



     わずか500グラムほどの小さい身体で、動き回る怪獣。
     率先して保父さんになってくれた大野くんも、
     戸惑いを隠せないことがしょっちゅう。



名前はミライ



     小さくて可愛い怪獣は、ミライと名づけられました。
     「大野くんと仔猫、みんなの未来を願って」
     保護主である友人の希望でした。


     名前を決めた時、すぐに思い出したのが、
     昔好きだった、サクラミライという馬のことです。
     友人と共に応援していた牝馬でした。



     『桜を見せたかった未来』




中山競馬場正門




      3月7日に癌との闘いを終えた、ふみ。
      桜を一緒に見たかったのです。

黄金のクロス


     11か月ぶりに、婆猫ふみちゃん(文世)の登場です。
     ちょっと怖いかなぁ、氷河の冷気を感じさせる…
     昨日の吹雪の様子に合っていて、いいか?
     (これは、ふみを溺愛していた友人の作品です)


19歳の決めポーズ





     バースデー写真は、これが最後の一枚となりました。
     この時点で既に、ふみの左眼の上では、癌細胞がうごめいていた訳です。
     私たち人間が、その事実を知ったのは、3週間後のことでした。




問いかけるポーズ





     仔猫の時から「可愛い カワイイ」とだけ言われて
     (容貌以外だと難点のほうが多かったため )
     育ったふみは、自分を愛らしく見せる(魅せる)術を、
     自然と身につけていったようです。

     どうやったら、“おねだり”が通るか?

     地声は無用に長いダミ声なのに、
     きめる時は、松田聖子っぽく、短い「アンッ♪」。

     概ね、寝そべっている時以外は、
     前脚を揃えた姿が猫の定番でしょう。

     ふみ婆さんは、きめる時はその前脚を
     Xの形に交叉させるのです。
     残念ながら、肝心な写真がないのですが、
     私たちは『黄金のクロス』と呼んでおりました。     

     
     2009年9月、癌細胞の増殖でついに左眼は破裂。
     ふみが可愛い事に変わりはなかったけれど、
     その日から写真を残すことはやめました。


     でも…ふみは、どんどん身体の機能が損なわれていきながらも、
     ごく、たま~に『黄金のクロス』を披露してくれました。
     癌細胞に脳を圧迫される為、平衡感覚が崩れているんだけれど、
     精一杯、おねだりのポーズをとってくれたのです。


     



美猫らしいぞ



     一方、現在部屋に君臨するミライは、がに股です。
     
     仔猫は20数年ぶりだったので、
     はじめの頃は判らなかったけど、やがて
     「…こいつ、がに股だ…」と気づきました。
     “O脚”というより、ハッキリと“がに股”です。




がに股矯正





     現在、生後9か月半。
     ちょっとだけ、前脚も揃うようになりました。
     まぁ、ミライのチャームポイントは、
     “巻きグソ尻尾”ですしね。 




追記:昨日の大雪で気が狂わんばかりに
    (既に頭はおかしい)大野くんの事を考え、
    身動きがとれないでいる状態を憎みました。
    頼むから、家猫・飼い猫になっていてくれ…
    大野くん、すまない…

幕間(まくあい)

ミライを猫可愛がり


    
     先月下旬の夕方。
     バッグの中で、携帯電話がブルブル震えました。
     通常は、昼休みを除いて、メール着信もそのままにしています
     (派遣という弱い立場のため…)。

     でも、その時はふと予感がして、
     静かに電話を手に取ると、業務フロアの外に出ました。
     
     大野くんに似た猫を何度も目撃している人からの電話でした。

     貼り紙を出していただいているお店の常連さんです。
     私がお店に顔を出すと、オーナーさんが仲介役として、
     目撃情報を伝えてくれていました。
     だから、まだ一度も本人にお会いした事はないし、
     直接連絡してもらうのも、その時が初めてでした。

     


ベランダで仔猫ミライと



     「チビちゃん(大野くんの通称)が公園で木登りしてたんです」

     常緑樹のため、枝の葉に隠れて写メは撮れず、
     しばらく彼女は粘ってくれたのですが、
     降りてくる様子がなくて、諦めたということでした。


     元気なんか?


     昨夏は木登りするミライを下で見守っていたけど、
     キミだって身体能力は高いもん
     (大野くんと名づけた理由がそれだし)、
     そりゃあ楽々と木に登れるよなぁ。


     人前で泣くようなことはまずしない私が、
     しかも、仕事中に、気がついたら嗚咽していました。


     その人自身も忙しいのに、電話してきてくれた優しさが心にしみた。

     そして、これが一番の理由でしょう。
     大野くんに逢いたい気持ちがこみ上げて、あふれて、
     水滴になってこぼれてしまったんです。




黒絵にグルーミング




     人の行き来がとっても少ない、非常階段のような場所なのに、
     そういう時に限って、何人も社員が現れるのね…

     背中を向けてたから、誰が通ったのか未だに知らないけど、
     通った人の多くは、たぶん私が泣きじゃくっている様子に
     気づいたことでしょう…。
    
     いやぁ、実に不思議だ。
     いつもなら、私がスクワットやっていても、
     その間誰も通らないような場所なんだけどなぁ。


     逢いたい。逢えない。


     これは、“幕間”なのだと信じたいです。
     まだ、終わりじゃない…



追記:校正のバイトを始めてしばらく経つまで、
    「幕間=まくま」と読んでいました。


 

鍋がいい

大野くん「どうしたの?」


    ミライがうちに来て6週間弱、
    生後2か月少々の時。
    
    深夜、油断していたら、
    黒絵が出入りに使っている窓から、
    あの小さな怪獣は飛び出してしまいました。

    慌てて、建物周りや公園・空き地を探したけど、
    見つからない(鳴き声ひとつあげていなかった)。
    あ~…と絶望しかけていたら、約2時間後、
    怯えた様子で帰ってきました。

    その後しばらくは、私の神経もとんがって、
    ほんの少しミライの姿が見えないと、
    「うわ~どうしよう、またいなくなったぁ~!!」
    小さな姿を探し求めて、オロオロしておりました。


よっこいしょ…と


    「ねぇねぇ、お兄ちゃん。ミライどこ行った?見てない?」
    と、慌てまくる私の前で、やけに悠然と構える大野くん。
    よっこいしょ…と箱の中で腰をあげると、
    そこにはスヤスヤ眠っているミライの姿が…!

    7月も半ば、既に暑くなってた時季。
    でも、仲良し兄妹は、箱の中でみっちりくっ付いてたのねぇ。



2匹入りBOX



    「3匹でギュッと『猫鍋』状態」になってくれる冬を、
    あの時は想像して、幸せでした。
    
 

待ち受け~まちぶせ

やや不機嫌



    携帯の待ち受け画像は、大島優子です。
    好きだったんすよ、AKB(過去形)。

    そういえば、もう2年半変えてない。
    でも、待てよ。
    大野くんを待ち受けに設定してくださっている、
    有り難いねこ友さんもいらっしゃるというのに、
    肝心な自分が、優子のままというのは、
    いかがなものか??


    大野くんの画像を待ち受けにすれば、
    ふと誰かに尋ねるチャンスができたとき、
    警察手帳を出すような感じで、
    「こんな猫を見かけたことはありませんか?」
    と、携帯電話をパカッと相手に見せられるではないか。


    昨秋から3か月、チラシを1~2セット(2枚1組)入れた
    書類カバンを、毎日欠かさず携えています。
    でも、仰々しくカバンからチラシを出すより、
    気軽な雰囲気のほうが好まれる場合も
    あるかもしれませんね。

    
    


かくれんぼ




    3か月半が経過した、この1月の終わり。

    捜索の方法も範囲も、考え直す必要がある。
    そんな段階に、来てしまった。

    今後、どうしたものか…と考えあぐねている現在です。

ついておいで

窓辺の大野くんとミライ



     皆さんに励まされながらも、毎日揺れている自分がいます。
     
     
     「精神の高揚」とはほぼ無縁、「低め安定」で生きてきましたが、
     この3か月は、希望と絶望の間をせわしなく行き来しています。


     覚悟と責任をもって、ちゃんと生きてこなかった、
     その“ツケ”がど~んと回ってくるもんだな、やっぱり。

     置かれている環境は、結局自分が選択したものだと、
     私は独り暮らしを始めた頃から、ずっと考えています。

     誰のせいでもない。
     自分が選んでいるんだ。




4日目のミライと大野くん


    起こる出来事は、概ねその人間に相応しいものかもしれません。

    ただ、何も悪くない大野くんが、
    私の人生の“ツケ”を払う必要は、全く無いのです。

    大野くんに申し訳ない…
    ずっと、そう思っています。

    私が苦しむのは当たり前だし、自業自得だけど、
    大野くんには、苦しい目に遭ってほしくありません。



見上げる大野くん


    逢えなくてもいいから、元気でいてほしい。


    日参しているスポットから、(肩を落として)引き揚げる時、
    できるだけ寄り道はせず、
    まっすぐ家への道を歩くようにしています。

    無駄なようだけど、大野くんが何処かから見ているかもしれない。
    私の姿を、私の足音を憶えているなら、
    さあ、こっちだよ。

    私が去っていく方向を進んでいけば、
    やがて、4年近く何度も通った動物病院が見えてくる。
    通院は嫌がったけど、それだけ記憶に残っているだろう?

    思い出して。家への道を。
    だから、ついておいで…

ホワイトアウト

2013年文月の大野くん




    いつになっても逢えないからか。
    訪ねた人の態度が冷ややかだったからか
    (むしろ当たり前の反応なんだけど)。

    方向を見失っている、現在です。




考え込むミライ



    たった200m×60mほどの長方形の中で、
    もう2か月以上、見つけられない。
    
    自宅周辺も同じぐらいの範囲で捜索したけど、
    こっちのほうは、「たぶん居ない」という
    判断(最終結論ではない)に、たどり着きました。
    
    一方、自宅から直線で500m離れた
    そのエリアは、情報が入れば入るほど
    「それは大野くんの可能性が高い」と思わせる。
    


プロレス技




    何もかも厭になって、先週の半ばは会社を休んでしまった…
    (ちょうど業務の隙間にあたっていた時なので、
     休むなら今日だ、と。意外に冷静な判断じゃないか)


    師走に入った頃から、ごくたまに、利き腕が動かなくなります。
    頸椎症が一時的に悪化する際の症状なのか、
    精神的負荷が身体に顕れているのか。
    ペンを持てないとできない仕事なので、これは困ります。



    週末も、週明けも、どうしたらいいか判らないまま、
    立ち尽くしています。その逢えない場所で。


    狭い長方形の住宅街に立っていると、
    そこが山奥に拡がる雪原のように思えてくる…

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