文世さんに逢いたい

「婆猫ふみちゃんのスローライフ」を綴りたくて、 2004年から始めたブログですが、
ふみは2009年3月に19歳10か月で逝きました。

2007年07月

ご縁がなかったのですね…?

ビル 先週,派遣会社Mの紹介で面談に出かけた。
それも2回。
M社の求人情報に,私が頑なに求める
“データエントリー”“校正”の職はあまりない
(それは,他社にしてもほぼ同様か)。
でも,東西線沿線の勤務地が多いところが魅力だ。

火曜日,南砂町駅から徒歩15分弱の企業で面接。
南砂町駅で降りるのは,実に3年半ぶりだ 星
3年間居座れた職場を去って以来になる。
ただ,今回は初めて反対側の出口を利用した。
同行の営業マンと歩きながら私は,
かつて3年間見ていた西口のほうと随分異なる風景に,
ついつい目を奪われていた。こちらも,実際は近年
急速に開発が進んだのかもしれないが,
大手運送会社としゃれっ気のないビルが続く西口とは,
空気や風の色まで違って見えてしまう。
大げさかなぁ はてな
営業マンによれば,西口のほうも変化しているという。
料理 「昼どきは食事する場所が近場にあまりない」
そういう不満のあったあのエリアにも,
手軽な食事処が増えてきているらしい。

じゃあ,あの公園はどうなっているのかな?
昼食時間に,数え切れないほど利用した公園。
手入れが行き届いてるとは言えなかったけれど,
おにぎり 人と楽しく食事できない自分には,
雀たちが小躍りする,雑草ボーボーの公園は,
気が楽で,深呼吸のできる場所だった 天使

今年は不思議

クラッカー 今夜は,浦安の花火大会だったかな。
浦安だけでなく,各地で花火や祭りが行われる土曜のようだ。
電車の中でも外でも,浴衣姿の女性をたくさん見かけた。
もっとも,今や浴衣は“デート服”でもあるらしいから,
必ずしも,彼女たちの行き先が花火大会や
お祭り会場とは限らない ひまわり

乾杯 3月末に終了した勤務先で親しくなった,
他部署(正確には他の会社)の女性と二人で呑んだ。
彼女とは,昨年末から既に親密さを共有していたものの,
柵をひとつ飛び越えて(一応,よその会社ではあるし),
勤務時間外に飲食する仲にまでは発展できずにいた。
そういう“膠着状態”(使い方が正しくないかもしれんが)に,
異動とか退職というのは,強力なきっかけ作りになってくれるね。
派遣先の管理職から「3月末終了」を通達された翌々日,
その事を彼女にこっそり報告すると,
とにかく「二人で呑む日」の約束はすぐ決まったもん 笑顔

その後,退職3週間後にも二人でガンガン呑み
(互いに地元沿線なので,終電時間がさほど気にならない),
そして,更に3か月が過ぎた今日。
昨年までの私だったら,こんな風に
いったん去った職場絡みの人と会う事はしなかった。
「断固避けてた」ってほど強い意志ではないけれど,
「ほぼ毎日のように会う職場での関係」を
肯定的に捉えていなかったものだから,
「退職したら,そこでの人間関係も終わって当然」と
思ってた。便宜上ではなく,心底親密に感じてた相手でも,
職場での縁がなくなったら,自動的に“絶縁”じゃないの?
少なくとも私は,そう考えて,その通りにしてきた。
相手に対する自分の気持ちは,そこでは全く効力を持たず,
とことん,「相手にとっての自分の存在意義」が問題になる。
―― 即決だよね。
私は,他人に対して自分は
「全く存在価値のない人間」だと死ぬまで位置づけているので,
“便宜上のつきあい”の形式が喪われたら,
もうそこまで。再会なんてできないよ。

ジョッキ それがねぇ。どうしたもんだか,今年は。
今夜の女性ばかりでなく,世話になった職場の人とも勿論,
何回にもわたって会って,呑んだり唄ったりしている マイク
年取ったからかなぁ… 悲しい

6年遅れて?

雪 '01年2月初旬。
1月末で,半年やっていたバイト(週5日×フルタイム)を,
暗い気持ちで辞めた私は,
ダークな精神状態に浸っているほど生活に余裕はなかったから,
当然,次の仕事を焦って探していた。
それまで,「アルバイト」の雇用形態でしか働かなかった私だが,
その時はアルバイトだけでなく,
“派遣”“契約社員”も視野に入れて求人誌の頁をめくった。
そして,アルバイトでは望めない時給が示されている
(派遣ズレした現在から見ると,低い時給の部類に入る)
派遣会社Hの「○○社就業希望者対象の登録説明会」に応募する。
それが,初めての“派遣登録”体験だったと思う。
東陽町で行われた登録説明会に参加して,
スキルチェック,職務経歴をベースにした
派遣営業との面談を受ける。
○○社での就業を前提にした登録会ではあるが,
それに参加したからといって,採用が決定する訳ではない。
「○○社の人事担当と話をした上で,ご連絡します」
―― つまり,○○社の人事担当者が
私の職歴やスキル,そして年齢を気に入らなければ,
どんなに熱望しても採用はしてもらえない。

私と面談した営業は,出身大学が同じという事で
親近感を抱いてはくれたものの,
「年齢を先方の職場がどう判断してくれるか」
成否はそれしだいだ,と本音を洩らしていた。

営業と私の不安を裏打ちするかのように,
派遣先の人事担当者からは面談のアポがなかなか採れず,
「たぶんダメだろう」と感じた私は,見切り発進で,
もっと条件の良い求人の出ている派遣PS社に電話をかけ,
登録説明会に参加する予約を取る。
そうしたら,人生は嫌がらせをするもんで,
PS社を訪ねる前日に,H社営業から連絡が入った。
よりによって,PS社の予約と時間が重なるアポ。
しかも,面談に行ったからといって採用の保証もない。
それだけれど,順番から考えてH社に頼った案件を
優先しないとあかんだろう。
それで,PS社には「予約キャンセル」の電話をかけた。

H社営業が同行した○○社との面談では,
私が最も“生理的嫌悪感”を感じる管理職と話をした。
いかにも,「若い年齢の者しか,女とは認定しない」という
ブサイクな管理職を前にして,私は不採用を確信したのだが,
意外にも結果は“採用”だった。そして,3年居座れたんである。

前置きが異常に長くなった。
そんなこんなで,PS社には登録に行かないままだったから,
ずっと心の片隅には残っていたんだろうな。
なにかこう…実行していない“約束”のように位置づけて。
6年半後。とにかくPS社へのスタッフ登録は完了した。

担当の若い女性が「早速今日ご紹介できなくて…」と
申し訳なさそうに云うものだから,
「いいんですよ。派遣登録ができただけでも嬉しいです」と
心からの笑顔で,自分なりの感慨深さを伝えた。
縁があるもの
縁がないもの
それは,結果の積み重ねで結論を出すけれど,
果たしてそれが真の正解なのかどうか,
老けるばかりの私はあれこれと思案している。

6年遅れて…?

ビル 派遣会社のPS社に登録のため,銀座まで出て行った。
JRAが銀座・松屋で『○○年中央競馬展』をやらなくなってから,
もうだいぶたつが,とにかくそれ以来銀座に行く事は殆どない。
銀座と自分の関係は,所詮その程度で,
むしろ「中央競馬展」と,
20分歩いた先に長年のバイト先がなければ,
まず無縁のまま終わったかもしれない場所だね,一生 馬

ただ,派遣スタッフとしての働き方を選ぶようになってから,
派遣登録のため,銀座に足を運ぶ機会はある。
交通の便を考えた場合,各派遣会社の登録拠点の中で,
一番行きやすいのは銀座なのだ 電車

先日,派遣求人サイトで見つけた仕事にエントリーしたところ,
いつもの如くその案件には応募が殺到して,
既に就業者は内定しまっていた。
ひどく事務的かつ冷淡な対応で済ます派遣会社だと,
「応募に対して2~3営業日中に連絡がない場合は,
 今回のご紹介は見送らせていただいたという事で,
 ご了承ください」と
予め“断り書き”を添えたメールを返信してきて,
実際その通りにするケースばかりだったよ,数社は。
めずらしく,このPS社は電話をかけてきて,
「今回の案件は残念ながら…」と詫びた上で,
本登録に来社することを勧めてくれた。
私の年齢を見たら,登録そのものを拒む会社もあるのに。

無職の身に,社交辞令でもその対応は有り難かったので,
「紹介してもらえる仕事は無いだろう」と予想しつつ,
今年初めての銀座に出かけたのだった。
ガイダンス→スキルチェック→ヒアリングを経て,
やはり,私の求める仕事は見つからなかった。
でもいいんだ。
最初から最後まで私の相手をしてくれた女性に話した通り,
今日は「6年遅れた登録」に来たのだから。

空気嫁

大波 昨日は,台風の影響で風雨が激しい中,
「フリーディスカッション」という形で
グループワークが実施された。
“導く人”の一人が私の愛する美人だった為,
参加の打診の時点で「絶対行くよ~ドキドキ小」と
断言していた,動機不純な私であった 笑顔

でも,未だにこの種の勉強会・セミナーには不慣れな私。
資格取得も向上心も縁のない私には,
やはり「およびでない」場所だったのだろうか。
“フリーディスカッション”という言葉に,
必要以上に枠をはみ出してしまったんだね。
自分が発言している途中で,どんどんどんどん
場の空気が悪くなってゆくのを肌で感じた。
これって,一般社会でもありがちな経験じゃないはてな

参加者のいろんな発言を聴くうちに,
どんなテーマであっても,人によって考えや受け止め方が
違うんだと,そしてそれが当然なのだと教えられた。

これが十年前だったら,もっと卑屈だったね
(今でもダントツの卑屈さを誇るが)。
なのに,“勉強会”というある種パブリックな場だった,
そのおかげで少し救われたのかもしれない。
後で,他の人が私を励ましてくれて嬉しかった… 悲しい

願い事が叶うなら

乾杯 先月末,勉強会の後の呑み会で(たしか「魚民」),
いろんな話題にアルコールの勢いで盛り上がった。
本道のカウンセリングあり,恋愛談義あり… 拍手
ふと,何かのきっかけで尋ねられた。
「もし一つだけ,願い事を叶えてもらえることになったら,
 あつぶこさんは,何をお願いする はてな
ほぼ即答で,「渡英して,グランドナショナルを観戦したい」
と,障害競走ファンらしい希望を切々と語った。
でも,それは金さえあれば実現不可能な事じゃない お金

2年前からずっと,祈ってるんだけどね。
猫 ふみに,私の残りの寿命を全部譲れますように…

「食べた記憶がない」って,哀しい…

ごはん 基本的に,“求職&待機中”は自炊だ。
コンビニ弁当やパンで腹を満足させようとすると,
これがけっこう高くつく お金
ましてや外食なんて,とんでもないっ…

おにぎり 外に持っていくお弁当と違って,
自炊の場合は,人目を気にする必要がない。
大半の買い物はSHOP99で済ませ,
安価な豆腐・もやし・納豆・冷凍野菜などを適当に調理している。
いや,“調理”とは言えんだろう,あれは。
ただ,手元の食材に火を通して,何となく味つけしているだけだ。
そして,怖ろしい事に,台所に立ったあたりから,
記憶が曖昧になってくる。意識そのものがぼやけてきてる?
あぶないよな ドクロ
自分の部屋だけの問題じゃなく,火を扱う事で
他の住居にまで大変な迷惑をかける事態が考えられる。

さらに,食べ始めてから食べ終わるまで,その間の記憶が
殆どない… びっくり 当然,味も憶えてない。
ゴミ箱の中の空容器や流し台の食器,そして自分の満腹感から
「あ~何かを大量に食べたんだな」と判る。
なんだろうなぁ,“スピリチュアル江原”氏のように,
飲食の時に「食い意地のはった」霊に憑依されてるんかなぁ はてな
誰かと一緒だったり,そもそも外食の時にはこうならないよ。
独りで粗食に徹してるから,憑かれやすいんかもしれん 落ち込み

心の中に平和が無いのは何故だろう

ごはん 5日(木):ジャンボメンチカツ弁当
           ごぼうサラダ・豆腐
ラーメン 6日(金):大盛ナポリタン
            スパイシーチキン
            豆スナック

経済的な理由かも,あまりコンビニ弁当は買わないようにしてる。
だけど時々,栄養バランスもカロリーも全て無視して,
ジャンクな世界にどっぷり浸かりたいことがあるのよ。

今日は剛志の命日なのにな,ごめんよ。
熱燗 姉ちゃんときたら,自堕落に酒を呑みながら,
のコンサートDVDを
桃源郷に居るような表情で観ていたよ。

Raffine

ラフィーネの命日。
毎年そうであるように,5時から5時半の間に目覚める。
そして,ラフィーネが逝った瞬間を強く思いながら,
目をとじて,頭をたれる。

サクララフィーネは,
私が独り暮らしを始めた1年余り後に,病気で亡くなった。
最後に逢ったのが5月。
ラフィーネと私の誕生日が続く時期。
あの時点で既に,彼女の身体は病に侵されていたんだろう。
おとなしくて,人間を信じている彼女は,
私が顔に頬ずりしても,全く緊張感を見せない。
「仔どもを残してほしかった」と関係者は,皆思ったに違いない。
私も,ラフィーネの仔を見て,競馬場で応援したかった。
プロフィール

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