文世さんに逢いたい

「婆猫ふみちゃんのスローライフ」を綴りたくて、 2004年から始めたブログですが、
ふみは2009年3月に19歳10か月で逝きました。

2009年04月

桜坂

  昨日が“四十九日”だった。
  7週間か…
  7日しか経ってないような気もすれば,
  既に半年以上の時間が経過したような,消耗も感じる。

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  3月6日。
  ふみが起き上がれなくなった翌日。
  ふみが旅立つ前日。
  幸い,その日出社する予定になっていた編集部の仕事が,
  スケジュール変更で翌週にずれ込んだため,
  終日部屋でふみと過ごすことができた。

  終日,泣いていた。
  ふみにいっぱい話しかけては,泣いていた。
  私の腕にあごを預けて,静かに目を閉じるふみが,
  一番望んでいたことは何だろう?

  音楽を流していた。
  ふみは低い声・低い音に安心する。
  だから,福山雅治や浜田省吾の曲を,
  繰り返し流した。

         君よ ずっと幸せに
         風に そっと歌うよ


  春はやってくるのに。春がやって来たのに。

時の荒野

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家 春が終わろうとしているのに,
衣替えの時季を迎えているというのに,
部屋の片付けは全く進んでいなくって,
依然として雑多な,すき間のない空間だ。

でも,時間にはすき間があるんだよね 星

仕事に出かける時。仕事から帰った時。

シャワーを浴びただけなら,ふみは気にしない。
朝~昼のシャワーは,365日私の習慣だから。
でも,ドライヤーの音が聴こえてくると
ふみは「外出が近い」ことを悟る。
出勤しない日の私がドライヤーを使うことはないから。
外出の前ぶれを感じ取ったふみは,
ずっと私の動きを目で追うことになる。
視線が痛い…目を合わせないようにする私。
準備が整った時,ふみが眠っていれば問題ないのだが,
起きている上に,目で責めている場合は,
ふみのご機嫌をとって,必死になだめる必要がある。
「ふみちゃん,ごめんね。仕事に行かなくちゃならないんだ。
 できるだけ早く帰ってくるから,お留守番頼むよ」
まぁ,結局ふみが納得してくれることはなかったな…
毛繕いしたり,ご飯の用意をしてた『文世さまタイム』が,
今は必要ない。ぽっかり20~30分の時間が余っている。

20~30分の『文世さまタイム』は,帰宅時にも必要だった。
うぎゃ~うぎゃあ(何してたの!?ずっと待ってたんだよ!)
と鳴いて責めるふみに謝りながら(人間の尊厳は無い),
ご飯の用意をして,トイレの掃除をしたりする。
時には嘔吐の後始末(故意にやったものが多いと思う),
昨秋からは放尿のクリーニングも必要になった。
今は,真っ先に自分の事ができる。
服を着替えて洗顔して,立ち上げたPCの前に座る,
ここまでの動きに何の邪魔も入らない。

“時間の余裕”って,ありがたいとは限らないんだね。

この「時のすき間」は埋まらない。
意識して,埋めようとも思わないけど。
いつか,本棚の空きが文庫本で補われるように,
ふみが遺していった「時のすき間」も,
自然になくなる日が来るんだろうか。

エメラルドに,逢えない

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昨年5月の最終週に,タクシー帰りになった事がある。
ふみに悪性腫瘍の診断が下りた翌週だった 病院

仕事の間じゅうずっと,ふみが気がかりでならなかった。
家 だから玄関のドアを開けて,2粒のエメラルドを見た時,
堰を切ったように泣き出してしまった
(ふみの右眼が破裂するのは3か月半後の事であり,
 6月ぐらいまでは出迎えに動く力もあった)。
「ごめんね。遅くなってごめんね,ふみちゃん」
床に膝から崩れ落ちて,ふみを抱き寄せると,
いつまでも涙が止まらなかった。

車 編集部からタクシーで帰るのは,
一刻も早く,ふみの待つ部屋に帰るため。
ただ,それだけだった。

だから,翌日に仕事が控えていない限り,
高い経費を出してもらって,タクシーで帰る必要はないんだ。
待っているふみがいない今は。
終電を逃したなら,始発まで時間をつぶしていたっていい。

タクシーが千代田区~高速のルートを採るので,
昨日は少し,儲けた気分になった 
道のどちら側に目をやっても,
見事な夜桜が闇に切なく浮かび上がっていたからだ。

高速道路に上がってからの眺めも悪くない。
流れ去っていく夜景。
ただもう今は,闇と灯の織り成す情景の中に,
自分が見出すのは闇だけだ。

浮かび上がるエメラルドに,もう逢えない。

湾岸道路

メモ 昨日は結局,電車が終わっても仕事が終わらなかった。
体を動かす仕事ではないものの,
長時間目を使い続ける作業は,“肉体労働”に思える。

「単調な業務を淡々と繰り返す」
―― 能力勝負に無理のある自分が,
唯一アピールできるのが,鈍重な辛抱強さだった。
それだけを「世を渡る“お椀と箸”」にして,
20年近くバイトや派遣で雇ってもらってきたのだった。

自動車 景気の好い頃,下っ端のバイトの分際でも,
タクシー帰りを許される事が少なからずあり,
その時は,車窓の外を流れる夜景を愉しんだ。
いつもの電車やバスじゃない。
湾岸道路が家路となる夜が,心地よかった 星
月日は流れ,かなり年を食ってくたびれた現在。
久々にタクシー帰りの夜が復活している。
雑誌編集の派遣業務に就いた,この1年半以内で,
計5回は超えてるかなあ。大した回数じゃあないか。
1セット4日を月2回。各回で山場が1日はあるが,
どうにか終電で帰れる範囲で収まるから,
タクシーを利用するケースは,やはり“レア”なんだよね。

昨晩,いや正確に言うと日付が替わり,今日。
タクシーから外に向ける,自分の目は暗かったと思う。
陰鬱 流れ星

桜の季節に君の不在を想う

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午前中,防衛省の敷地内で事務官が自殺したらしい。
しかし,市ヶ谷のお濠にしなだれかかる桜も,
防衛省の外壁から枝を伸ばす桜も,
水と光を集めて,すべてが美しい春の一日だった。

ひと月経った。
もうそんなに経ったのか。
そうだね。光の色も風の匂いも変化している。
季節が移ろっているのだから,時間は流れている筈。
それでも,せいぜい1週間弱の経過にしか感じられない。
相変わらず,心の時計の進みはのろいようだ。

世間は春になっていたよ,ふみ。
みるみるうちに,桜の花が空に拡がっていってた。
ふみと一緒に迎えられなかった季節が,
今,外には在るんだ。

幾十年かの孤独

深夜から朝にかけて,何度もふみの鳴き声が聴こえた。
それに応えたいと思うのに,体は動かない。

人は「きっとまだ傍に居るんだよ」と言ってくれると思う。
…なら,いいんだ。救われる。
でもね。みんな,ゴメン。
私は,ふみが近くに居るとは感じられない。
じゃあ,“虹の橋”にたどり着いてるんだろうか。
いいや。“虹の橋”の存在を私は信じているけれど,
ふみはそこには行っていない気がするんだ。

独りぼっちで,見知らぬ場所に居るのではないか。
心細くて,鳴いて呼んでいるのではないか。

あれだけ「独りが耐えられない」猫のくせに,
他の猫とはつきあえないときたもんだ。
ひたすら待ってる,自分を愛してくれる人間を。

あとちょっと,待っててくれないか?
二十年じゃ永いかな。
ふみが生きた年数と同じだけの待ち時間。
申し訳ないが,頼むから…しばし,
孤独な月日をしのいでくれないだろうか。

きっと行くから。その時,
『んもぅ~っ 遅いじゃないびっくり
ずっと待ってたんだからねっ』
と,いつもの台詞で迎えてほしい 猫

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