文世さんに逢いたい

婆猫ふみちゃんが逝って、もう15年。
今は自分が人生休止中。ミライは10歳シニア猫です。

派遣歴長し。
限界を感じました。

2010年11月

食欲は年中無休

ご無沙汰しております。

中旬に入った途端、めずらしく風邪をひいて、
バタッとしばらく休んでおりました。
そのため、これまためずらしく連続で入ってた約束を、
やむなくキャンセルしなければならず、土壇場で
知人・友人に不義理な事をしてしまいました。

きっかけは、あれよ。
派遣会社から入った“不採用”の電話。
もう長年受け取り慣れてる筈の「不採用通知」なのに、
あの時は「頼む、ここで決まってくれぇ~!」と
願う気持ちが強かったね。正直なところ、
けっこう知名度のある企業で、しかも
「研究機関での仕事」ってカッコ良く思えた。
失業⇒転職の結果として、“見栄”も張りたかったのよ。
卑しい根性やね。だから、なんでも駄目になる。
だいたい、冷静になったら「自分には務まりそうもない」
って解るような仕事の求人だったもの。
そこは、面接した派遣先担当者もすぐ見抜いたみたい。
面接の途中から、私のほうも「あ、これはだ」と悟る。

面接受けた日の夜から、そういえば諸々が下り坂
頭痛・悪寒(結局ずっと、中途半端に微熱)・咳・鼻水…
週末は布団にもぐり込んだままで過ごし、
翌週から単発の仕事に通い(収入源が  は超危険)、
結局、在室時に布団から抜け出すようになれるまで
(平日も帰宅するとすぐ布団にもぐり込んでた)、
半月あまりもかかったんだわね 

この間、食欲はまったく衰えていない。
風邪のだるさは無関係とばかりに、
毎日すぐ腹が減って、いつも通り大食いしてた 
そしたら―― 仰天するほど肥えてた 
大野くんの体型は「同居人の自分に似てる」とは
思ってたが、ホントもう、彼のたぷたぷの下っ腹とか、
私には批判できませんわ…


        
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い・た・み(悼み…痛み…)

   数年前、日航ジャンボ墜落に関する本を読んで、
  死生観というか、“亡き骸”への思いが、
  国や民族・宗教によって異なるのだという事を知った。
  
     墜落後、遺体(の断片)・遺品の捜索および収容に
  携わった人々の地獄。それを確認する遺族の地獄。
  事故で亡くなった乗客の中には、外国人の方もいた。
  その遺族の人々との対応にあたった日本人関係者が、
  少なからず戸惑いを覚えるケースもあったと、
  本には書かれている。
  「故人の魂は既に天に召されているのだから…」と、
  遺体引き取りを拒む(あるいは消極的)遺族が、
  外国人乗客の場合は何組もいたらしい。
  魂が脱け、“器”だけとなった亡き骸には、拘泥しないと。
  ―― あぁ、そういう考えもあるんだなぁと、
  読んでいて印象深かった。

  
  警察側のミスで遺体の取り違えとか、
  葬儀会社(かな?)の手違いで遺族に別人のお骨が
  渡されてたとか、今年かなぁ、去年かなぁ、
  そんなニュースを目にした記憶がある。
  人間の場合でこれだから(不謹慎な言い方だが)、
  犬猫の火葬では、もっと不確実さが濃くなるのでは…

  実際、ふみが逝って少し経った頃、
  「ペットの火葬が終わったら、違う骨の所に案内された」
  という取り違えのニュースが小さく報じられている。
  これを知った時、何ともいえない感情が込み上げてきて、
  どうしようもなくなった。
  それは今でも引きずっている。

  幸か不幸か、ふみの骨は見間違えようがなかった。
  彼女を苦しめた腫瘍が、燃え尽きることなくシッカリと、
  眼窩の上部に遺っていたからだ…

  取り除いてあげたかったなぁ、生きてるうちに。
  19歳のふみに、手術を施す事はほぼ無理だった。
  ドクターも奨めなかったし、素人ながら私たちも、
  全身麻酔をその老体が受けた時点で、
  そのまま永遠のお別れになるだろうと考えていた。

  でも、取り除いてあげたかったんだよ…
  どうにかできないかって、ずっと…ずっと。
  
  ごめんよ、ふみちゃん。


  
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蒼が染みる

  ベランダに出る事が習慣になってから、
  大野くんに手を焼かされる要素がまた増えた。
 
  人間の判断や配慮なんて関係ないのよね。
  「雨だから…」とか「早朝で外はまだ寒いから」とか、
  大野くんには一切、説得が通じない 
  睡眠時間削って遊んでる、人間の若者みたいだよ。

  先月後半には、ベランダに出てるエアコンの上にも、
  ちょこんと乗るようになった。
  生前の文世婆さんがやっていたように。

  婆さんと違うのは、身体を伸ばして、
  エアコン上からベランダ柵に前脚をかけ、
  外の世界の様子を熱心に眺めてるところ。
  まぁ、そこまでせんでも、
  “外界視察”は十分にできるんだけどね。

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雨にぬれても

  昨日は見事な秋晴れだったもんだから、
  思わず「あっきばれやねぇ~」と空を仰いで言った。
  なのに、タイトルがマッチしてませんがな。
  これ以降もしばらくは、雨降りなさそうなのに 

  3年ぐらい前までは、雨の日って大好きだった。
  出勤ナシ・外出ナシなら尚の事、ごきげんな一日。
  ふみとゴロゴロ寝転がって、何もしないで過ごしてた。
  非生産的・非建設的な過ごし方ではあるけれど、
  とても幸せだった。何より、ふみが喜んでたから。

  昨年の早春、ふみを見送ってから(小雨の日だった)
  雨降りに覚える感覚が変わったのだと思う。
  嫌いになってはいないよ。
  ただ、ホッとしたり、笑顔になる事はなくなった。


   雨が好きだって自覚したきっかけは、
  この曲と、それが主題歌になってる映画だった。


    

          

プロフィール

あつぶこ


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