文世さんに逢いたい

「婆猫ふみちゃんのスローライフ」を綴りたくて、 2004年から始めたブログですが、
ふみは2009年3月に19歳10か月で逝きました。

2013年11月

さらば涙と言おう

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   県民同士で「現在の生活、将来を憂う」話をする時、
   最終的に、「だって、うちの行政のトップがアレじゃねぇ」
   というネタで落ち着くことが多いです。

   あくまで、ネタですよ。
   政治に、市井の人間が関心を持つことは重要じゃありませんか。

   
   私は、個人的に『さらば涙と言おう』という曲は、
   秀逸だと思っています。
   日本が誇る『上を向いて歩こう』に並ぶぐらい。

   好きな曲は1980年代に集中しているけど、
   知事の代表作『さらば涙と言おう』を聴くと、
   あぁ…うぅ…と感傷に浸ってしまいます。
   歌詞がイイのかなぁ。
   メロディも朴訥でイイんじゃない?
   あ、知事の唄い方もまた味わい深いんだよ、きっと。


   つい弱気に襲われて、涙をこぼしてしまったけど、
   それは、大野くんに再会した時のため、
   大切にしまっておこう。そう誓いたいです。


空が高すぎる…

  意外なようだけど、先週まで
  泣いてはいなかったのです。

  情報が乏しいだけに、泣く要因も少ない。
  涙腺が機能停止していたのかもしれない。

  泣くより前に「できる事」「やるべき事」、
  そして「できない事」で頭が占領されていて、
  このひと月は茫然としたり、焦燥感で
  迷走していました。
  もちろん、最悪の事態だって毎日考えていたのに。
  何故か、涙と無縁なまま…

  それが、今週に入ってから不意に泣けてきたのです。
  没頭すべき仕事を前にしながらも…。

  もともとクール&ドライな性格であり、
  心がずっと病んでいる事情もあって、
  感情が平板になっています。
  そして、泣いてしまうと一気に崩れてしまうから、
  いつも、そこだけは制御が働いているようです。
  ほかの点では、すべてにおいて、
  自分をコントロールできないくせにね。

  泣いちゃったら、おしまいだ…
  意識の底でずっとそう、念じていたのかな。

  でも、もう、大野くんには逢えないのかもしれない。
  ひと月以上経った今週を迎え、
  しみじみと、静かに涙があふれてきました。


  昨日、仕事の途中、階段の踊り場から見えた空が、
  あまりに青く澄み渡っていて、
  空の高さの分だけ、
  自分と大野くんの距離が遠ざかっていくような、
  そんな感覚に襲われ、しばし動けなくなりました。


  前回の日記で取り上げた小説、
  『柔らかな頬』のキャッチコピーは確か、
  ~ 誰も私を救えない ~ でした。

  でも、お蔭さまで私は、皆さんに救われています。
  いつも読んでくれてありがとう。
  エールを送っていただいている事に、
  とても、感謝しているのです…
  

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   お気に入りの場所を黒絵に獲られちゃったのに、
   そこを奪い返そうとはしない、優しい大野くん。

知らないでいるほうがツライ

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   大野くんが行方知れずになって1週間経つ頃から、
   自分の胸にしきりと浮かぶものがありました。

   桐野夏生の直木賞受賞作『柔らかな頬』と、
   私の大好きな小説『リミット』(作家の野沢尚氏は自殺されています)。
   
   “言霊”の威力を信じているだけに、
   書くのは勇気が要るのですが、一方でまた書かずにはいられない…

   2作品とも、子供の失踪を描いたフィクションです。

   『柔らかな頬』は、事件なのか事故なのかも判らないまま、
   忽然と姿を消した娘の行方を追う、
   母親の彷徨の物語。
   生きているのか、死んでいるのか。
   最後に「これが真相なのかな?」と思わせる描写があるけれど、
   真相の種明かしより、さすらう母親の魂に焦点を当てた作品だと、
   読む人は感じるのではないでしょうか。

   『リミット』の場合は、明らかに誘拐事件で、
   主人公(女性刑事)とその息子に喘息の持病があるところに、
   個人的に感情移入して何度も読み返してきました。
   今よみがえるのは、連続誘拐事件のうちの1件で、
   息子をさらわれた父親のエピソードです。
   親子3人で出かけた大型遊園地で、白昼堂々
   男の子は連れ去られ、身代金要求もないまま、
   事件は迷宮入りの気配を漂わせます。
   家庭は崩壊し、“同志”であってほしい妻は去りました。
   父親は、私費を投じて牛乳パックに息子の写真を載せ、
   職場の理解を得て、在宅勤務の生活に転換しました。
   いつ息子が帰ってきてもいいように、
   玄関のカギはかけないまま…。

   「二日酔いでぐったりしていたとはいえ、何故あの時、
    自分は息子を独りでトイレに行かせてしまったのか…」
   繰り返し、父親は自分を責めるのです。
   読み返す度に胸が痛み、その自責の念について
   理解できる気がしていました。
   でも、今になって思う。
   本当は私、理解できてなかったんだよ。
   あの頃、自分の胸に在ったのは、たぶん“共感”だ。
   

   思いきって近所の聞き込みを始めた、ひと月前。   
   突然の初訪問なのに、長く話してくださった奥さん。
   「生死が判らないのが一番ツライよね」
   「何をやっても楽しくないでしょう…」   
   彼女自身が私と同じことを体験しているそうです。

   知らないほうが幸せだなんて、私は思わない。

   昔、ある元・競走馬の所在を調べようとしていた時、
   関係者から
   「世の中には知らないほうがいい事もあるんだよ」
   と諭されました。
   もちろん、親切心で言ってくれた訳ですが、
   その頃から私は、「知らなくていい事なんか無い」と
   頑なに考えてきました。
   それは今も変わりません。

   知らないでいることのほうが、よほどツライのです。

   
   キミはストーカー気質だからなぁ。
   私が苦手とする事をあれこれ実行に移す様子を、
   電信柱の陰からこっそり観ているような気もする。
   もうさ…十分じゃないか。これで満足だろ?
   「僕のために、不精なあつぶこが行動してる。
    僕ってこんなに大切に思われてたんだ」
 
   頼むよ、もう。リミット…

透明人間になりたい

  揺れたなぁ…久しぶりに。
  私は平気でも、大野くんは怖がりなのです。

  一昨年の震災の時、私は部屋に居て(失業中)、
  ずっと大野くんと一緒でした。
  動物なりの鋭さで、尋常ならぬ事態に震撼していた。
  もともと私にくっついている大野くんだけど、
  しばらくの間はピタッと寄り添ったままでした。
  私が部屋の中で移動すると、必ず追ってくる。
  余震も続きましたから…その度怖がって。

  大野くんが立ち直るのに、3か月は必要でした。
  その後も、中規模の地震が起きると、
  呑気に構えている私の傍らでオロオロしていました。

  今朝の地震。
  大野くんは、どこで揺れを感じていたんだろう。
  怖がってるだろう。
  いっそう情緒不安定になるのじゃないか?

  連日見違えるような(!)更新ぶりでしたが、
  明日以降は、ペースがガクッと落ちると思います。

  小規模なプロジェクトに参加していて、
  そのお手伝いにだいぶ時間を割く必要があるのです。
  2か月前に決まった事ですが、もちろん、
  あの頃、こんな事態になってるとは予想もしてない。

  大野くん探しに専念したいくらいなのにさ…

ケージのミライ


   ミライがうちに来た夜、慌ててペットショップに買いに走った、
   簡易型のケージ。赤ん坊猫は20年ぶりだったので、パニック。
   結局、このケージで隔離生活を送ったのは2週間弱でした。
   ヘルペスウイルス感染症がほぼ治ると、もともと食欲旺盛で
   好奇心と元気の塊だったミライは、ケージなんかに収まらない。
   
   何故片付けないかというと、“猫の隠れ家”としてニーズ有だから。
   ミライはどうやら、この中に入ると自分の姿が外から見えなくなると、
   思っているようです。ねらいは、決して安息なんかじゃない。
   忍法・木の葉隠れの術のつもりか、“奇襲”の隙を窺ってる…


   透明になれたら、そりゃイイよ。
   私だってなりたい、透明人間に。今こそなりたい。

   大野くん探しは、どうしても範囲を制限され、壁にぶち当たります。
   文字通り、壁ですよ。
   「公道」を歩き、入ってよい敷地だけを探していくのでは、
   得られる成果は乏しい。このひと月の間、ずっとずっと、
   あの私道の先、このフェンスの向こう側、
   入って思う存分探し回りたくて、たまらなかった。
   
   透明人間になったら、昼夜を問わず、どんどん潜入するぞ。
   ひと様の生活ぶりには全く興味はない。
   求めるのは、大野くんの姿だけなんだ。

ケージのちびちぃ


    ミライを隔離する直前、自らケージに入っていた大野くん。
    キミは、透明になっちゃダメ。
    早く、私の前に姿を現してちょうだい!!

17時のメロディ

終生キミと…



             大野くんの写真を選ぶ作業をする度、
             自分と寄り添ったものが多くて、
             泣きそうになる…


   どこの町でも、夕方5時には音楽が響き渡るのでしょうか。
   また、地域によって異なるかもしれないけど、
   概ね「切なくって、もの悲しい」気分になるメロディですか?

   私の帰宅時間は、職を転々としているわりには
   けっこう一定していて、月~金18時半頃。
   
   ふみは、17時のメロディから、
   私の帰宅が近いことを推測していたようです。
   18時前後になると居間を離れて、
   ドアの内側でウロウロしていた様子を、
   妹や客人がよく目撃していました。
   お見送りはまずしてくれないふみだったけど、
   玄関でのお出迎えは日課のようにしてくれたのです。

   高齢である上に、腎臓の悪さが顕著になった
   2005年(当時16歳)頃から、私のほうも、
   17時という時間を気にするようになりました。
   今、ふみは夕暮れのメロディを聴いている…
   私の帰りを待つ態勢に入り始めただろう。
   

   ふみが逝った後も、職場や外出先で迎える17時は、
   特別な時間でした。「もう、待ってはいないのだ」と、
   どうしようもなく哀しい気持ちに襲われる一方、
   「待っていたふみの心」が愛おしくてたまらない。
   週末に、部屋で独りメロディを聴く時は、
   「どんな気持ちで、これを毎日耳にしていたんだろう」
   と、やはり胸が潰れそうになる…。


   現在2年目の派遣先。
   その街でも、17時に音楽が響き渡ります。
   自分の地元とは違うメロディで、
   17時が退社時間でもないんだけど、
   心を帰宅モードにするスイッチの役割を持っていました。

   「ました」と過去形なのは、10月8日を境に、
   自分の内部から“平穏”というものが、一切消えたから。

   今、職場のデスクで夕暮れの音楽を聴く時、
   「大野くんは地元のメロディを聴いているのだろうか」
   と考えます。あのメロディが聴こえる範囲に居るのか。
   居るなら、どんな状態でどんな気持ちで聴いているの…

   平日の日中は、それでも目の前の仕事に没頭するから、
   まだ気持ちが楽なほうです。
   いや。大野くんの心を思えば、自分は楽と無縁でいい。

   週末が精神的にこたえますね。
   時間があるようでいて、実際のところは、
   精力的に捜索活動を実践できている訳でもないので
   (近隣の聞き込みは手詰まりです)、
   17時のメロディを部屋で聴くことが多いのです。
   ―― 胸が潰れます。

   耐えられなくなって、17時過ぎに部屋を出ると、
   いつもどうしても引っかかりを覚える場所を、
   何度もふらふら歩き回っている自分がいます。
   気がつくと、小声で名前を呼んでいる…

960pixelの間柄

踵が好き

  
  「ひと昔前のHPは横幅800ピクセルで制作されてたけど、
   最近は960ピクセルが主流なんだってねぇ」
  と、ホームページの話を仲間としていた頃(2年前)を
  ふと思い出しています。

  「うちの大野くんは、部屋の中でたいてい私から
   960ピクセル以内のところに居るんだよ」

  PC画面に向かっているとき;
  ご飯やブラッシングのおねだりがある場合は、
  右側に黙ってちょこんと座っています。
  私が気づくのを待っている。
  気づかないまま動くと、すぐぶつかっちゃう。

  要求が満たされたのか、待ちくたびれたのか、
  時には私のかかとの上で眠ってます。
  私があぐらをかいてるなら、ヒザの上に
  自分から乗ってくる。

  夏のくそ暑い時季には、さすがに離れてるけど、
  概ね3シーズン、私が部屋に居る時はくっついてます。


  昨年の6月、50時間家出の後、
  大野くんとふたりきりの時に、『ずっと一緒だよ』って
  言いました。じっと見つめ合って。

  実は、それまで彼に云ってなかったの。
  ふみが逝った半年後、私のために来てくれたのに。
  ふみのためだけに生きていた私は、
  彼を大切に思いながらも、「大野くんのために生きる」
  覚悟をなかなか持てないでいたのです。
  ごめんよ。しばらく待たせてしまって。

  でも、私言ったからね。『ずっと一緒だよ』って。
  約束したよね。

  今、大野くんは960ピクセル以内どころか、
  半径50メートル以内にも居ないのかしら…
  500メートルでも1キロ先でも、見つけるよ。
  大野くん。
  だって、約束したんだからね。
  
  

フィールドワーク

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   人間の中腰の姿勢からだと、こんな風に見えるのかなぁ ↑


   皆さん、励ましのメッセージ、有り難うございます。
   直接のやりとりがなくても、心配してくださってる気持ちが、
   私の胸には伝わってきます。

   連休の最終日には、抜糸後の経過の好いミライを残し、
   遠出してきました。
   捜索エリアから少し離れた北部を目指し、
   「さすがにここまで猫は、自力では来ないだろう」
   という地域でしたが、願いを胸に、歩き回りました。

   ミステリー小説が好きで、刑事の聞き込み調査の様子なども
   よく読む訳ですが、大野くん探しを始めてから、
   「あ~こういう事なんだろうなぁ」と、なんとなく実感しています。

   「この線は無いな」とある程度判っていても、
   「無い」という事を確認する作業も必要なんですね。
   不確定な部分を一つ一つ、辛抱強く洗っていく。

   あいにく雨が降ったりやんだりのお天気で、
   猫の姿1匹見ることはできません。
   昔ながらの古い構えの民家(元農家が多い)と、
   瀟洒な新興住宅群が並んでいる。
   うちのほうと違い、小さなお寺と神社が点在しています。

   ここなら、猫はなんとか生活していけるかもしれない。
   道をきくついでに「このあたり野良猫は居ますか?」
   と尋ねると、「あ~けっこう居ますよ」と渋い表情で
   答える奥様方。チラシを配れる雰囲気ではなかった…。

   最後は、その地域の人々が集まるであろう
   ショッピングセンターに向かい、ペットショップと
   動物病院を訪ねてみました。

   「この猫を探してるんですが…」

   ペットショップは、トリミングコーナーもあるお洒落な店で、
   「里親募集」や「迷い犬猫」の貼り紙など全く見当たらず、
   キャットフードの買い物だけして、そそくさと退散しました。

   動物病院のほうも、そこは当然かかりつけではなく、
   一度も診察・治療でお世話になった事がないのですから、
   入っていくのには勇気が要りました。
   「こういう猫がこの1か月内に診察を受けてないでしょうか?
    ケガした状態を保護してくれた方がいるかと思いまして…」
   すると、病院スタッフの方々は熱心にチラシを見てくれて、
   最後には「これ、うちでお預かりしてもいいですか?」と、
   病院前に貼り出していただける事になったのです。

   望外の歓びで、お辞儀したまま、
   しばし頭を上げることができませんでした… 

   今回の出張捜索に関して、“収穫の有無”を問われたなら、
   どちらでもあり、どちらでもなかったと答えます。
   大野くんには会えなかった。
   でも、その場所に行って、自分の目で確認したこと。
   自己満足で「無駄足じゃなかった」と思っているのではなく、
   また同じエリアを歩くことを予定しています。

   日頃の運動不足を解消させようという、大野くんの配慮か?
   いや。長期戦になっていくのは、決して好くないよな…


チラシA

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  勇気を出して配っているチラシです。
  余白に手書きで携帯番号やメッセージを添えています。
  

   

   
   
   

牡牛座の女

エリカラ生活のミライ



  ミライが退院した時、その小振りなエリザベスカラーを見て
  「あぁ、やっぱりまだミライは小さなコなんだな」と、
  再確認させられた気になりました。
  けっこう大きくなったよなぁと、部屋に居る時は思ってたんだけど。

  カラーをやっと外すことができた昨日の朝まで、
  ミライはしばしば、カラーのふちの部分を舐めていました。
  お腹以外の毛繕いをしようとしては、
  距離や角度の問題で舌が届かず、
  結果的にカラーの内側を舐めてしまう、繰り返しです。
  特に、輪っかを結合させたガムテープの部分が、
  重心の関係でなのか、必ず下に位置することになり、
  ミライはそこを毎度毎度舐めてしまう訳です。

  退院4日目あたりには、ガムテープそのものが
  唾液でヘロヘロになりだしました。
  手持ちのガムテープを持ち出して、貼り直す事も考えたけど、
  病院で調整してくれたのと同じ状態にセットする自信はない。
  「いや、あと2日弱だし、どうにかもつだろう」
  ミライがテープ部分を舐める際、オモチャで気を逸らしたり、
  抜糸の朝まで毛繕いを手伝ったりして、乗り切りました。

  でも、ミライの舐めっぷりも執拗だったなぁ。
  ストレスとはいえ…あのまま更に10日くらい舐め続けてたら、
  ガムテープが剥がれて、エリカラから脱出!なんて、
  なってたかもなぁ(いや、たぶん無理)。

  ミライの強情で渋太い性質を観察しながら、
  ふと、昔読んだ『ゴルゴ13』のあるエピソードを思い出しました。
  たぶん、私が初めて読んだゴルゴ13だったかもしれない。
  曖昧な記憶のまま書くと(ネットで調べても判らず);
  悪名高い刑務所で、長期間独房に入れられていた囚人が、
  看守の目を盗んで、来る日も来る日も、
  粗末な食事のうちの塩辛いスープを、
  スプーンで鉄格子になすりつける作業を丹念に繰り返す。
  当の囚人は処刑されるんだけれど、密かに依頼していた
  ゴルゴ13が、その同じ独房を割り当てられた時(計算のうち)、
  塩分で錆びていた鉄格子を取り外し、脱出⇒ミッション成功。
  ―― こんな内容でした。

  ミライのエリカラ舐めは、ともかく別にして 
  単調な事の繰り返しで、報われるかどうかわからなくても、
  何かを続けていくのは貴いのだと、信じています。

 
  
お兄ちゃん不在で1週間


  大野くんが居なくなって、ちょうど1週間経った時のミライ ↑
  気丈で、他者を圧する風情のある女…
  
 

未来 【ミライ】 美蕾

10/26朝のミライ

  ブログを再開したと思ったら、
  連日陰鬱な内容なので(やむを得ないけれど)、
  少しだけ明るい話題を。

  5月下旬にやって来たミライは、獣医さんの推定で
  4月25日頃が誕生日。

  もともと年内、できれば病院の年末年始休業の前に
  余裕をもって(何かあった時、病院に駆け込む事も想定し)、
  12月上旬~中旬に不妊手術を受けるつもりでいました。
  しかし、予定を2か月ほど早める事にしたのです。

  きっかけは、大野くんの事件だった。
  そう言っていいでしょう。
  何ともいえず、不安に襲われたのです。
  今、うまく説明はできないのですが…。

  生後6か月に達する、10月最後の土曜に手術を受け、
  通常1泊2日のところ
  (オスの場合日帰りですが、メスは開腹手術となる為)、
  病院にお願いして、3泊の入院にさせてもらいました。

  何故かというと、ミライを制御できる自信がなかったから。
  例によって、動物のしつけが全くできない私は、
  ミライを粗暴なまま、外を走り回る娘に成長させてしまった。

  引き取った直後から、何度か病院に通い、
  待合室で同席した飼い主さん達から、よく
  「可愛い~ 」「写真撮ってもいい?」と言われたものです。
  その度私は、「可愛いのは顔だけなんですよ」と苦笑い。

  だって体重が1キロに満たない時期から、
  4倍以上重い大野くんと、ほぼ対等に格闘してたもん。
  優しい大野くんの手加減と気遣いも解らず、超強気。
  無敵の怖いもの知らずに育ってしまったぁ… 

  大野くんが行方知れずになった後、
  完全に「夜間外出厳禁」を断行したら、怒るわ暴れるわ。
  マンション住民から苦情が殺到してもおかしくない、
  恐怖の夜が続いたのです。

  術後は当然、昼夜を問わず外出禁止。
  抜糸までの1週間、「朝昼ぐらい外に行かせろ~!!」と
  騒ぐミライを想像しただけで、戦慄が走る…。
  1週間のうちの半分を病院に委ねることで、
  私は危険と恐怖を回避しようとしたのでした。
  たとえ、自分勝手な人間と思われようとも。

  退院の日、仕事帰りに迎えに行くと、
  診察台の上で最終チェックを受けていたミライは、
  ガラス越しに私を見つけた途端、
  猛烈に怒ってましたよ。
  そのままこっそり逃げちゃおうかと、びびった…。

  部屋に帰って、入院中よりは広く動けるようになっても、
  あのエリザベスカラーってやつが、不自由ですよね。
  歩くにも食事するにも邪魔になって、
  癇性なミライは、更にストレスを増幅させていました。

  エリザベスカラーとも、あと数時間でお別れ。
  縫合した部分に異常がなければ。
  退院当日とその翌日、2日間は大荒れでしたが、
  木曜以降、不便さにも馴れていったようで、
  おとなしく眠ってくれる時間が増えました。

  ミライの耳やあごを撫でながら、
  「よく辛抱してるね。一緒にお兄ちゃんを待とうな」
  切なく静かな、ふたりきりの時を過ごしました。

  20年以上前、
  ヒロとふみの姉妹に同じ手術を受けさせた際、
  「とにかく数を増やさない」、その事で頭がいっぱいで
  (彼女たちの母親が、毎年出産し続けていた事情もあり)、
  それ以外ほとんど何も考えてなかった気がします。
  今回は…手術を決める前も、日時が決まった後も、
  少々迷い、悩みました。
  なんだか「申し訳ないな…」と思ってしまったんです。
  出産・育児による体力の消耗を防ぎ、
  長生きしてもらいたい。
  でも、結局人間の都合なのかな、と。


  ミライを保護した友人は、
  「大野くんと私たち、みんなの将来に願いを込めて」
  この名前をつけたかったそうです。
  いつか書きますけれど、私は“未来”という言葉に
  どうしても抵抗を感じてしまいます。
  そのため、カタカナで書いた名前となりました。

  母親にならないミライのことを思う時、
  “美蕾”という漢字が胸に浮かびます。

  
  

神無月に彷徨う

6月中旬の兄妹

  大野くん不在のまま、10月が終わってしまいました。

  2年前、黒絵が倉庫部屋に入り込んで眠っていた10月初旬。
  4年前、大野くんが新しい家族になった10月24日。
  10月に入った時、「今月はメモリアル月間だね」と
  明るく言っていたら、その1週間後にこんな事態になるとは…。

  困った事態に陥った時に、知る事ってたくさんあります。

  昨年6月の宵の口に大野くんが忽然と姿を消し、
  翌日の職場で、昼休みに次々と電話をかけました。
  市内の保健所・警察署、そして市役所の清掃課。
  まず最初に電話した保健所の職員さんが、
  「ほかにも、こういう所に問い合わせてみるといいですよ」
  と教えてくださったのが、警察署と市役所清掃課です。
  その2つに連絡する事を、私は思いつきませんでした。
  正しくは「知らなかった」と言うべきでしょう。

  ただ迷子になっただけでなく、車に轢かれるなど
  事故に遭った場合、その動物は(残念ながら生きていない状態で)
  管轄の役所の清掃課などに収容されるそうです。
  最悪のケースを想定し、生死の確認だけはしたい。
  躊躇や葛藤の時間をもつことなく、電話を入れると
  「数が多いので、地域を教えてもらえますか」と訊かれ、
  少なからず驚きました。
  一つの市で、毎日そんなに猫が…。
  その時は、自分の居住地および隣接エリアで
  収容の記録がない事を確認して、僅かに安堵したのですが、
  「首輪を着けている猫の場合、写真を撮っておく」という話は、
  重要に思えました。

  首輪…

  大野くんに首輪を着けたほうがいいのではないか。
  それは、彼が去勢手術を受けた後で、
  何度か考えた事ではあります。
  平均在室時間23時間半(晩年のふみと変わらない)。
  冬以外の、晴れた昼下がりにはベランダから外に出て、
  少しだけ遊んで帰って来るのが大野くんのライフスタイル。
  どんなに短時間であっても、外に行く以上は
  “飼い猫”である事が人目に判ったほうがいい。
  野外の猫の存在を快く思わない人も居る訳だし、
  ましてや大野くんは「耳パンチ」をしていないから…。

  結局、着けないままでいました。
  昨年の50時間失踪後、再検討の機会はあったものの、
  すっかり大人になってからの首輪装着に、
  人間側が消極的かつ否定的でした。
  なんだか…むしろ縁起が良くないかな、なんて考えた。
  大野くん自身が嫌がるかどうか、
  試すだけでも試してみればよかったですね。

  10月の2週目、清掃事業課に2回電話を入れました。
  照会の地域も広めに告げて調べてもらうと、
  「さすがにそこまでは行かないだろう…」という
  場所の記録ばかり。それでも念のため特徴を尋ねた時、
  「首輪をしていない猫の場合、記録として残るのは
   収容された日と場所だけ」なのだと、初めて知りました。
  昨夏の私は、該当地域にデータがない点で満足し、
  そこで照会を終わらせていた為、
  記録保存のシステムを知らずにいたのです。

  キジトラの去勢済のオスで4歳半…
  「オスかメスかも記録はしないんですよ」
  対応してくれた職員さんが、申し訳なさそうに言っていました。


  大野くん
  今のキミは、もしかしたら幸せな状態じゃないかもしれない。
  でも、キミの運はまだまだ尽きてないと思うんだ。
  だって、キミは不思議なLUCKY BOYだぜ?

  
プロフィール

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