文世さんに逢いたい

「婆猫ふみちゃんのスローライフ」を綴りたくて、 2004年から始めたブログですが、
ふみは2009年3月に19歳10か月で逝きました。

2014年04月

うつむいて歌おう(独唱)



2011年1月の大野くん「




     大野くん探しの過程で、
     彼のチラシを見た人から「可愛~い♪」と言われると、
     嬉しさより戸惑いを感じたものです。


     「捜索中の猫をほめられても…」と、
     そんな心境で複雑な気持ちになったのではありません。


     同居人として、大野くんの容貌を
     「可愛い」範疇に入れてなかったんですよね。





手のひらゴハン


              キャッチャーミットのように分厚い手は、私です…



     大野くんの顔は、ファニーフェイスというのかな。
     コミカルな顔立ちだと私は受けとめていました。


     「ふみと比べちゃうからかもしれないけど、
      率直に言うと、ルックス面ではそれほどでもない仔だね」
     ―― なんと、大野くんを私のために保護してくれた親友に、
         こんな失礼な言い方をしていたのです。



     ひゃあ~!!この罰当たり。
     あ。そうだよ、遂に昨秋、天罰が私に下ったんじゃないか?





上を向いて




     大野くん探しを始めてから、
     「とても似ているキジトラ」が目撃され、
     その情報をもとに、該当する猫に対面を果たす度に
     (不思議なもんで、「猫違い」キジトラとは遭遇できるのです)、
     「尻尾、口周り、主要な特徴は一致しているけど、顔が違う」
     という体験が重なっていきました。


     顔の違い…そう、大野くんは、もっと愛嬌のある顔なのっ 



     声に出して言うことはできません。
     だって、彼のことを気にかけてくれていた人が、
     見つけようとして、教えてくれた成果なんだもの。
     そこに感じるのは、落胆よりも、ありがたみです。



     逢えば、わかる。
     言い換えると、逢わなければ判らない。



     季節は、早くも夏へとペダルをこぎ始めたようです。

     日がのびて、職場から地元の駅に着く時刻、
     まだ陽射しが去りきらず、
     少しずつ明るさが残るようになりました。


     
大野くんメールフォーム











     家路をたどっていると、大野くんの姿に出逢えそう。
     そんな気持ちが、懲りずに育っていきます。


     部屋でお腹を空かして待つミライを気にしつつ、
     あえて歩調をゆるめて、住宅街を歩いていきます。


     低い声で小さく歌いながら、ゆっくりと…


     いつも、キミのことを想いながら、歌っているんだよ。



目の前の存在を愛せよ



9年前のふみ抱っこ



     ちょうど9年前のふみです(16歳になる直前)。
     性質の殆どが私と同じだったふみ(粘着質・非社交的)は、
     スキンシップも苦手。

     当然、抱っこは大嫌いなので、
     これは貴重な写真かもしれません
     (キイロイトリがコリラックマに後ろから羽交い絞めにされている、
      そのポーズは“イヤイヤ抱っこ”と呼ばれるらしい…)。




     正気を喪いながらも、師走の頃からでしょうか、
     心の奥で気づいていた事があります。


     ―― 自分はいつも、目の前の存在を大切にしていない。





2012年1月22日




     大野くんと暮らした4年間。
     厳密には、完全な“ふたり暮らし”だった2年間。

     ふみの後に、自分の為に来てくれた彼が、
     「特別な存在」であると認識しながらも、
     現実の対応は、けっこう“雑”だった気がします。


     そういう自覚が、時おり胸に浮かびあがり
     (時おりかよ~  )、
     大野くんの(ストーカー的)愛情に応えていない自分を、
     反省することが幾度もありました。



     言い訳になりますが;
     動物と暮らす日常に馴れると、
     彼らへの対応(各種世話、ご機嫌とり等)が、
     どうしても、ルーティン・ワークになってしまうんです。
     好く言えば、「生活にすっかり定着している」状態。


     高齢であるふみに対しても、私のそういう、
     “雑”な、ルーティンワーク対応というのはありました。
     

     「ふみの為だけに生きていた日々」が、
     「大野くんの為だけに生きる日々」に自然に移行。

     でも、そのわりには、気がつくと、目の前の大野くんより
     私を置いて逝ってしまったふみの事ばかり考えていました。


     「ふみの存在しないこの世に生き続けるなんて…」と、
     これは毎日のように思っていましたね。


     ストーカー・大野くんが、就寝後も執拗に甘えてきたのは、
     たぶん純粋に、私の愛情を欲してくれていたのだと思います
     (相変わらず、親バカですが)。


     励ましてくれたのに。
            支えになってくれたのに。


     大野くん失踪まで、
     ブログのメインは依然、ふみでしたもんね。
     それまでの4年間、大野くんの記事&写真は少なすぎる!!
     


     上の写真は、ちょうど、今の仕事の採用が決まる前夜。
     大野くんが居たからこそ、現在があるのでは…

     



生後7週間のミライ


                   ミライ「お兄ちゃん、帰ってくる?」
                   私  「うん。必ず帰ってくるよ」



     大野くんが行方不明になった途端、
     彼が「特別な存在」である事を猛烈にアピールしだして、
     「面の皮が厚い」というか(これはもともと)、
     「都合の好い事やってるよなあ」と、
     大野くん探しにとり憑かれた自分を、
     冷ややかに観る、もう一人の自分が居た気がします。
     過去と現在を比べて。


     そんなに大切にしてなかったじゃんか。
     目の前の大野くんより、ふみの事ばかり想ってたくせに。


     大野くんが天寿を全うするのを見届けるより、
     大野くんに、死に水を取ってもらおうなんて、
     孤独死を前提に夢想していたじゃないか…


     ―― だから、大野くんが私を見限ったのかもしれない。




大雪を過ぎた頃のミライ




     ブログを書いたり、大野くん探しのチラシを作成したり、
     そのためにパソコンに向かっている時、
     自分の後ろに、いつのまにかミライが来ています。

     たいていは眠っているんだけど、
     最近ではよく、お腹をどーんと見せて、
     甘えるポーズをとるようになりました。

     ハッとさせられて、胸に痛みが走ります。
     お兄ちゃんお得意のポーズではないか…


     上の写真は、2月。
     2度の大雪が過ぎ去った頃のものです。

     すっかり肉付きがよくなって、
     “怪獣”ミライも、かつてほど俊敏ではなくなりました。


     が。狂暴でなくなった訳ではない。
     それに、鈍重な私が油断できるほど、
     彼女の俊敏さは失われてはいないのです。

     
     やっぱり、ミライの遊び相手を務められるのは、
     大野くんしかいない。
     とても疲れるだろうけど。


     そして、今はまだどうしても、
     目の前のミライより、私は
     「旅に出ているキジ寅さん」に、
     心の根っこを奪われたままなのです。





妹よ…3

0706_17時19分50秒

2013年7月6日17時19分50秒






     昨年、「妹よ…」という記事を書いた後、
     タイトルに拝借した、かぐや姫の曲を
     某動画サイトで聴いてみました。


     じっくり歌詞を聞くのは初めてに近いのですが、
     え~っと…容赦ないフレーズにやや衝撃を受けます。


     ―― おまえは器量が悪いのだから

     ―― どんなことがあっても我慢しなさい


     ひでぇ~(涙が出るほど大笑い)


     自分がもうどうでもエエ歳になったから、
     笑って聴けるんだなぁと、
     そういう現実も踏まえたところで、感じ入る詞でした。


     それに、容赦のない表現(苦笑)も気にならないくらい、
     兄ちゃんの愛情が隅々まで染み込んでる曲だもんね。




寝姿1



     お兄ちゃんが常にそばに居る頃から、
     ミライは100人の人が見たら、97人は
     「かわいいっ!!」と言ってくれるような仔猫でした。
     
     あの傲慢な怪獣ぶりが、前提に歴然とあっても…。



寝姿2



     同じ♀猫でも、ヒロ&ふみは“好み”で評価が分かれたと思います。


     ヒロは、縄張りを持つ外向的な猫だったので、
     顔のつくり自体はふみと同じでも、やや“強面”。

     
     ふみは、いつも不服そうな顔をして、
     幸薄げな風情を漂わせていました。
     ふみを溺愛していた友人曰く;
     「厳密には、そ~んなに可愛い顔なのではない」そうで。


     2匹とも、味わい深い顔立ちで、人から愛されました。




生後2か月のミライと大野くん





 
     大野くんは、ミライが愛しくて、心配でしようがない。
     血の繋がりばかりじゃないんだなぁ。


     お兄ちゃんが居ない部屋で、半年過ごしてきたミライ。
     寝姿が妙な形になっている写真は、生後3~4か月の頃。


     今ではすっかり肉付きのよい身体になったせいなのか、
     仔猫時代のポーズは見せなくなっています。


     また、一枚、大野くんの貼り紙を、はずしていただきました。
     今回は、かかりつけの動物病院から…。
     長い間ずっと、ありがとうございます。



     再来週には、満1歳の誕生日(推定)を迎えるミライ。
     お兄ちゃんに、そばで祝ってもらいたいよ。





春にうごめく、闇

17時19分18秒


                   2013年7月6日17時19分18秒



17時19分40秒


                   2013年7月6日17時19分40秒




     こんなに、お兄ちゃんのストーカーになりきっていたミライ。
     おまえの記憶の中で、お兄ちゃんは今、どうなっているの?


     情報が少しでも集まらないかと、
     しばらく、県内・市内の地域バナー(ぶろぐ村)を貼っていました。
     結果は、まぁ、さっぱり…これも、“情報”の一つですね。

     久しぶりに、本来の「派遣社員」バナーに戻すことにします。
     3月あるいは4月にはそうしようと、決めていました。


     現在の派遣就業は、3年目に入っています。
     振り返る2年間は、あっという間に過ぎたようでも、
     いろんな思いの詰まった月日です。


     濃い、というより重い。
     好きで選んでいる仕事だし、自分のためにもなっている
     (経済的には、それほど割の良いものではありません)。
     だから続いてきたし、続けていきたいと考えています。


     ただ、やっぱり3年間が区切りになるのではないか…

     改正される派遣法は、必ずしも派遣という雇用形態で働く側を
     護ってくれる訳ではないのですよ。
     派遣先・派遣元が困る事態には、きっとなりません。


     「派遣を選んでいる本人の意思」が、結局問い質される。

     間接雇用を選ばざるを得ない、社会の状況を踏まえつつも、
     派遣スタッフに対する偏見というのは、存在します。


     それでも、自転車がこげなくなって、倒れる所まで、
     この道を進んでいくしかない、現在の自分です。


     

生後2か月のミライと大野くん




     現在の職場で1年間が過ぎ、2年目に入ってからもしばし、
     悶々と悩む日々が続いていました。


     「ここで自分ごとき低スペック人間は、通用しないのではないか」
     ―― この不安と自信の無さは、1年でだいぶ薄らぎました
         (1年もかかってんのかいな!)

     常に、「必要とされない存在だ」と陰に籠るネガティヴ王だけど、
     仕事面では、かなり必死で、努力したのです(当然の事ながら…)。
     

     白髪が増えるという代償程度で、業務そのものに対しては、
     毎日、毎回悩みながら、「とにかく乗り越える」下地が
     心にどうにか出来上がったようです、お蔭さまで。



     問題は、自分の人生最大の弱点、対人関係ですかね。



     表面上はともかく、内心ではずっと荒れて、あがいていて、
     脱け出せない迷路、魔の洞窟に棲みついていた日々があります。


     しまいには、定石どおり自分自身が嫌いでたまらなくなるし、
     着実に、自分の内部に“毒”が溜まっていきます。


     “毒”は、人から受ける場合もあるけれど、
     たいてい、私の内部で生成されるものばかりです。
     そして、それを親しい人につい浴びせてしまう…!


     昨年のちょうど今頃、大野くんが初めて吐きました。

     うちに来て3年半、一度も吐いた事がなかった大野くんです。

     だから、よけいに驚き、心配しました。
     しかも、胃が空っぽになるまで、何度も苦しそうに吐いて。

     
     「猫はしょっちゅう吐くもんですよ」と、馴染みのドクターは
     あまり心配しすぎないようアドバイスしてくれました。

     でも、ふみの時に、嘔吐と腎機能低下の因果関係に気づかず、
     無頓着に見過ごしていた罪悪感が残っているので、
     念のため、血液検査を受けることにしました。

     結果は異常なし。大野くんは、採血時つらそうだった…


     今になって思えば、あの頃、私が毎日部屋で放っていた毒に、
     大野くんが侵されてしまったのかもしれません。

     一番近くに居た、960ピクセル以内の間柄なだけに。
     ごめんよ。すまなかった…大野くん。


 



              保護1か月弱のミライと黒絵


          「金は持ってきたんだろうな?」と、脅している訳じゃない黒絵。



     その後、職場の環境と人間関係に変化があり、
     私は、毒を生成する日々から解放されました。


     5月下旬にミライが来たことで、日常が慌ただしくなり、
     職場では仕事以外の事でもう、悩む余裕もなかったのです。


     ミライの育児をする日々の中で、
     大野くんの嘔吐は、コンスタントにありました。

     片眼がウィルス感染で開かなくなったり(これは以前から)、
     レントゲンで肺に炎症が見つかったり…


     よく頑張ってくれていたよ。

     感謝してもしきれないのだが、大野くんはもしかして、
     もう、この部屋にあまり好い想い出がないの?



パレット

17時18分32秒


                   2013年7月6日 17時18分32秒


17時18分41秒


                  2013年7月6日 17時18分41秒



     上の2枚の写真は、ミライがわが家に来て1か月半経った頃。


     脱走を既に何度かやらかしていたものの、
     この頃はまだ基本的に野外行動はしていなかったミライ。


     一方の大野くんは、6月から頻繁に吐くようになっていて、
     通院・投薬の効果が出ているのかいないのか…という時期。


     育児疲れでストレスも溜まっていた筈の、大野くんです。


     私が毎日ヘロヘロ(睡眠不足と暑さと不安)になりながらも、
     欠勤せずに仕事を続けられたのは、
     大野くんがミライの面倒をみてくれたから。

     本当に援けられました。

     でも、私は大野くんを援けていなかったね…




家猫の寛ぎ

                   こんな風に過ごしてるといいのに。



     前回の記事で書いた通り、
     憑かれたように探す活動に、ピリオドを打つ事にしました
     (2月は、2回大雪が降ったこともあり、殆ど活動してないけど)。


     待とう…そういう心境が訪れた。


     「何がなんでも見つけなきゃ…!」と、
     正気を喪っていた自分を、今さら恥じてはいません。

     でも、周りに迷惑をかけたのは事実なので、
     お詫びと御礼の訪問を、少しずつ始めています。



     正気じゃない分、あれだけ無茶ができたのかな。


     仕事のある平日でも、深夜・早朝の町を徘徊していたのに、
     「探す活動から後退」し始めたら、
     みるみるエネルギーが底をついてしまった。

     もともと、自分のタンクに力は貯蔵されてなかったのね。


     悲しみなのかな…胸を占領しているのは。
     それとも、虚無感か。

     3月半ばから、日に日に心が墜ちてゆきます。

     2月まで感じていたものとは、違う何かが、
     心をたぷたぷ満たしています。


     諦める訳じゃないんだよ。
     パレットを閉じて、想い出に換えていくつもりじゃない。

     なのに、つらいなあ…










     

フーテンのキジ寅さん




      こんなチラシをこっそり、某店内に貼ってもらっています。
      悲壮感漂うものよりは、まだイイかな…なんて思って。

      やっぱり、懲りてないですかね…




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