文世さんに逢いたい

「婆猫ふみちゃんのスローライフ」を綴りたくて、 2004年から始めたブログですが、
ふみは2009年3月に19歳10か月で逝きました。

2014年05月

夏への扉 2014 ~ The Door Into Summer ~

大野くんの背中




     人類は、あまりに多くの時間を、
     ネコのためにドアを開けたり閉めたりする事に費やしてきた



     このブログで何度か取り上げている、
     ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』の冒頭の一節です。


     文庫本で初めて読んだ19の時、
     この一節にひどく惹きつけられ、「うん、うん!」と頷きました。

     「そうなんだよなあ…ネコってやつは、もう」


     猫が家の室内外を自由に行き来していた、自分の10代。

     あの頃を振り返って、「旧き良き時代」というように
     感じてはいません。正直なところ。個人的に。

     当時から、猫に対する苦情はありましたよ。
     現在より、直球でやってくるのが、新旧の差かな?





ねらい

     



     鳴き声で外出希望を訴えるコ。
     無言でドアやガラス戸の前に座って、アピールするコ。

     そして、扉の開放が必ずしも、外出につながる訳ではない猫たち。

     ただ、外を眺めたいだけだったり、
     外気に触れた途端、お散歩気分がそがれてしまったり。

     その度に「え~出るんじゃないの?じゃ閉めるからね」と、
     人間は文句を言い、詫びの一つもなく立ち去る猫。

     それはまだ楽なほうで、「しばらくこうしていたいの…」という場合は、
     人間もある程度、出入り口近辺で猫につきあわねばなりません。


     面倒くさがりで腰が重い人間なのに、
     彼らの要求にはたいてい屈してしまっているのです。

     いやはや。ネコってやつは、人間の扱いをよう心得てます。





下っ腹たぷたぷの宿命





     ふみが、「このまま、しばらくこうしていたいの」というタイプでした。
     ベランダまで出て、それ以上は動き回らない。
     彼女がその視線の先に見ていたものは、何だったんだろう。


     大野くんも、活発なキジトラながら、性質はふみとほぼ同じなんです。
     内弁慶だから、ベランダの内側という“安全圏”で、外気を愉しむ。



     今、完全室内飼いが、猫と暮らす人々の間では主流のようです。

     大野くん探しの過程で、知り合った猫好きさんは、
     ほとんど完全室内飼いのスタイルを定着させていました。
     苦情と、猫自身への危険を避けるために。

     時の流れとともに、人と動物を取り巻く環境は大きく変化しています。

     



ふみの日課 パトロール







     5月に入って、踏み切った、黒絵の完全室内飼い。

     黒絵が外の世界に出ないまま、1か月が経ちます。
     長かったような、あっという間だったような…
     でも、まだ闘いは続くので、
     黒絵はもちろん、ミライにも辛抱してもらいます。


     黒絵の出入り口だったガラス戸を、完全に閉めた。

     あの窓は、大野くんの帰りを待つために、
     ずっと、開け続けていた空間なのです。


     そこを、閉じなければならなかった…
     無念だ…

     ただ、大野くんを待つことをやめたんじゃないよ。
     この気持ち、地面を駈けて、大野くんに届け――

 

ジョーカー

2014年3月21日15時




     黒絵は、“ジョーカー”だ…


     そう口に出して言ったのは、先月でしたが
     (たぶん、「初めて」と自分で思っているだけかも…)、
     心の中では、だいぶ前から何度も呟いていました。



     ジョーカーは、トランプで「最高の切り札」にもなるらしい。

     でも、トランプ遊びはもっぱら「ババ抜き」だった自分には、
     その“ババ”のイメージしかありません。

     持っていたら厄介な札。
     敗北を余儀なくされる札。





2014年2月20日23時





     空腹を訴えて、部屋の前に黒絵が現れたとき。

     野良への餌やりで苦情を受け、
     一度は見捨てようとしながら、
     執念で部屋に入り込んでいた黒絵を見つけたとき。


     結局、常識的な判断のもとに行動できない私は、
     拒むことをしませんでした。


     だから、“ババ”を引いてしまったのではなく、
     自ら選び取ったという事ですよね…


     彼が、トラブルの火種になる存在だと、
     過去の出来事が実証してくれているし、
     将来に対しても、不安は抱えていました。


     なのに、何でもすぐに諦め、
     努力をちょっとばかりして成果が得られないと、
     「やっぱり無理なんだ」と、楽な途に落ち着いちゃう。


     すべてにおいて、自分はそうです。
     自業自得だと感じるばかりの人生です。



     

2013年6月18日







     好奇心旺盛で活発なミライが、
     黒絵の外出に興味を示して「アウトドア派」になる事を、
     危惧しながらも、防止することができなかったとき。


     その結果、もともとは野外行動を望んでいなかった
     大野くんが、ミライの監督者として
     共に外へ出てゆくようになったとき。


     ネックになるのは、常に黒絵の存在でした。
     完全室内飼いをとうに諦めていた、黒絵。



     もちろん、彼に責任があるのではありません。
     絶対。
     飼育管理者である私が、
     無為無策であった、その事実に問題があるのです。


     自業自得かあ…
     猫たちに、申し訳ない。

     ミライ、ごめん。
     黒絵、自由を奪って、すまない。


     そして、大野くん。
     ごめんね。
     本当に、ごめんね…



 

嵐の季節



     お久しぶりです。
     前回の記事から、あっという間に半月以上のブランク。


     いつも、ありがとうございます。

     そして、すみません…




20050528のふみ




     感情をむき出しにすることは、めったにありません。

     平和主義であるとか、穏やかな性質をもっている訳ではなく、
     単に、エネルギータンクが空っぽなのだと思います。


     その延長で、「言われっぱなし」である事も多いです。

     人から攻撃されて何も感じない…筈がない、さすがに。
     むかっ腹を立てたり、ダークな気分に陥りますとも!


     ただ、それで反撃に出るかというと、実行はしない。

     気持ちと行動の間には、けっこう厚い壁が在りますね。
     我慢…事なかれ主義…とは、やっぱり違う。

     心に異変が生じた後は、既にエネルギーが無いんです。


     相手にしてみれば、「言いやすい」対象だと思います。





2005年4月拳に力をためるポーズ




     そんな私が、自分でもびっくりするくらい激昂してしまい、
     相手に向かって大反撃する出来事がありました。


     詳細は控えますが、
     ふみが逝った後の当ブログを読んでくださっている方々には、
     だいたいお察しいただける事だろうと、思います。


     あんまりだなあ。
     理不尽だよなあ。
     そう思って。


     自己満足な表現を赦していただけるなら;
     あれは、“憤怒”でした。
     そして、反撃しながら両目ににじみ出てきたのは、
     “血の涙”です。

     あ。やっぱり、
     かっこつけすぎの表現だわ
 






黄色い布団とふみ






      クールに理詰めで応戦できたら理想的なんだけど、
      そこは、性能の低い自分の限界で、
      「頭のおかしなオバハン」が喚いてる形になっちゃった。
      かっこ悪かったけど、でも、自分が反撃に出た事を、
      後悔などしてはいないのです。


      それにしても、いや~な気分にどっぷり浸かった状態で、
      4月が終わり、
      大野くんが戻らないまま、7か月が経ってしまいました。


      少しずつでも、“何か”を取り戻していけるでしょうか。

      平穏な生活を、切に望んでいます。


      
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