文世さんに逢いたい

「婆猫ふみちゃんのスローライフ」を綴りたくて、 2004年から始めたブログですが、
ふみは2009年3月に19歳10か月で逝きました。

2014年06月

ヘッドライト・テールライト

2011年4月12日

                 この写真、よくよく見ると、
                 大野くんが私の背中~踵にべったり密着してるんですね。




     TVのほうは観たことがないけれど、
     エンディングに流れていたという『ヘッドライト・テールライト』は、
     一度耳にしただけで好きになりました。
  

     やりきれなくなったり、虚無感に襲われると、
     いつのまにか口をついて出ている唄です。

     自分のカラオケの定番でもありました…







2011年4月10日





     曲の内容には、いろいろと解釈があるようで
     (中島みゆきの曲は、往々にして“解釈論”の対象になるものです)、
     まず、タイトルでもある「ヘッドライト」と「テールライト」、
     それが意味するものは何なのか?


     私なりに解釈していたのは;

     テールライトは、少~し先に灯っているように見える、
     自分がたどり着こうとしている地、あるいは人。
     でも、どこまで行っても距離は縮まらず、
     テールライトは遠くに見えるままなんだよな…

     ヘッドライトは、反対車線を通り過ぎていく車の灯。
     人生は、長い目で見ても、短いスパンで考えても、
     “一期一会”に近いものですから、
     束の間接点をもち、やがて人と人はすれ違ってゆく…


     


2012年12月24日





     大野くん探しにひとまず一段落をつけ
     (言うまでもなく“終止符”ではないけれど)、
     短い春を過ごし、
     雨音を聴く機会の多くなった最近、
     また、『ヘッドライト・テールライト』の歌詞について考えています。


     この8か月の間、自分が追い求めていたのは、
     大野くんという「テールライト」だったのではないか。

     「あ、あれは大野くんの短い尻尾じゃない?」
     アクセルを踏み込んで、接近するたび、
     それがよく似たキジトラである事の確認に終わり、
     私のポンコツ車体は、交通の流れにも配慮せず、
     ぷしゅ~っと減速したものです。

     2か月近く、尾行していた時期もありました。
     テールライトは、遠く、微かに見えるか見えないほどで、
     でも、近づかないことには、大野くんなのかどうか
     確証を得ることができません。

     この尾行・張り込みは、結局不発に終わっています。
     ついに、テールライトの近くまで寄ることができなかった…
     ―― ポンコツ車体もバッテリーがあがり、
         しばらく立ち往生。動けませんでしたわ…




2013年6月15日

                 大野くんの視線の先には、いつもミライの姿あり。



     ヘッドライトは、情報提供や協力を惜しまずにいてくださった、
     人々の灯りです。
     対向車線の向こうから、パッシングで合図を送ってくれたり、
     僅かな接点でも、大野くんを気にかけてくださる人たちがいました。

     そして、自分の車の後ろにも、心強いヘッドライトが見えます。
     同じ道の後方から、「弱気にならないで」「信じて進んで」と、
     ずっと、いつも、励まし続けてくれる、温かい灯です。

     皆さん ありがとう…


     旅はまだ終わらない

     夜道を歩く時、いつのまにか口ずさんでいる。
     耳の良い大野くんは、
     私の低い歌声を憶えていてくれるでしょうか…






旧い日記

10年後のふみとキツネ



     16歳の時からぽつりぽつりと書いていた日記。

     日記と呼べるペースで向かってはいなかったので、
     数え直してみても、たぶん十数冊にしかならないと思います。

     それでも、思いついた時にノートを開いて、
     1994年までは続いていた手書き日記です。


     その後、生活環境が激しく変化したせいか、
     日記を書く余裕がまるでなくなりました。


     


震災から一年




     2004年春。ちょうど10年前。

     シンプルなノートパソコンでうつうつ用を済まし、
     インターネットというものとほぼ無縁だった自分も、
     ついに思いきって環境を整えました(ローンは苦しかった…)。


     振り返ってみると、意外にネットサーフィンはしませんでした。
     当時、プロバイダーが会員用に設置していたコミュニティで、
     まず日記を書くことから始めていました。
     きっと、とにかく何か書いていたかったんでしょうね。



   

大野くんの母性





     数年前、そのコミュニティのサービス提供が終了する際、
     Cafe友さん(OCN cafe という場でした)の奨めもあって、
     ログの保存⇒プロバイダーブログへの移行という手続きを、
     取り急ぎ済ませました。


     2005年秋から、現在のこちらのブログのほうがメインになってしまい、
     Cafe日記のほうは、ほとんど書かなくなっていました。
     それでも、ログの保存後、確認してみたら、
     1年半の間に、約150記事くらいは書いていたようです。


     週末に、昔のCafe日記の一部を読み返してみました。
     ふみが逝った後、形ばかりの更新しかしていなかったので、
     自分の過去日記を読むのは、数年ぶりです。


     「意外と明るく、前向きに取り組んでる日記だったなあ」
     ―― というのが、自分自身の感想です。


     意識して、荒れた中身にしないようにしてたのかな…
     高齢のふみと暮らしながら、まだあの頃、
     『絶望』の二文字はくっきり顕れていなかったのかもしれない。




2014年4月12日15時






     日記の冒頭、つまり最後に書いた記事が、
     『大野くん』の紹介で、沈痛な気持ちにもなるけれど、
     あらためて、ミライ・黒絵と、
     大野くんの帰宅を待とうと思いました。


     婆猫ふみちゃんのスローライフ 


    
今は、スローライフとは程遠く、
     毎日ヘロヘロになって、テンパってますが…


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