文世さんに逢いたい

「婆猫ふみちゃんのスローライフ」を綴りたくて、 2004年から始めたブログですが、
ふみは2009年3月に19歳10か月で逝きました。

2015年05月

人生の空き地



世の中金よ


             「世の中、金よ」と仰る文世さま




    毎日同じ電車に乗り、同じ電車で帰って来る。
    その繰り返しができている日常は、幸せです。

    たとえ、通う職場で毎日何を感じようと。




半にらみのふみ


             グジグジ文句言ってないで。怒るより動きなさいよ、まず



    初めて「完全失業」を体験した2004年。
    部屋には、15歳のふみが居ました。
    迷走し、慌てて飛びついた仕事で失意を味わう。
    失業と失意。どちらが酷か。この二つはセットなのか。

    醜く足掻く私に、涼しい顔で「私のそばに居ればいいじゃない」、
    そう云ってくれるふみが居ました。



2011年2月大野くん




    失業し、さらに窮まってしまった2011年。
    大野くんには助けてもらった筈…なのに、
    私は彼を幸せにする事ができませんでした。

    一番ツライ時期を共に過ごしてくれた大野くんが居ない。


    求人情報を掲載したフリーペーパー。
    夕刻の電車の中で、人がそれを手にしているのを見ると、
    何故か今でも焦ってしまいます。
    お経を唱えるように、ブツブツ言いながら、
    血眼になって求人広告を指でなぞっていった。
    あの日々がよみがえるのでした。
    

    近所のスーパーに行くと、入り口の所に
    フリーペーパー専用のラックが置いてあるんです。
    やっと、最近ですね、
    そこに目が行かなくなったのは。

    ぼんやり手に取りそうになっては、ハッとする。
    「あ。いいんだよ、まだ。必要じゃないから」
    と、自分に言い聞かせていたのは、ついこの間。





文句たっぷりミライ






     ふみの生まれ変わりのようなミライ。
     粘着質だけれど、まだ若いせいか、
     私を送り出すことに抵抗はないようです。
     「行ってらっしゃい。稼いでくるんだぞ…!!


     今は、失業するのが心から怖くって、
     機械よりも“無”の状態で、通勤電車に乗っています。

     ミライと黒絵と大野くんのため。
     それだけじゃない。
     やっぱり、自分自身のため。



風の匂い



    『グーグーだって猫である』の最終巻を、
    大晦日に書店で手に取った事は、先日書いた。

    その後、最終巻との間を埋めるため、
    4巻と5巻を買い求めて読んだ。
    あくまで、最終巻にはまだ手を出さず。

    どちらかというと、楽な気持ちで読み始めた、
    4巻と5巻だった。
    読んで…5巻のほうだ、
    最終巻のひとつ手前で、私はくずおれた。

    ある回を読み、泣いてしまった。
    泣く事など想定せず、コインランドリーなんぞで
    (ミライ登場前から、洗濯機が壊れたまま)、
    気楽に読んでいたら…だ。


    家族である動物と、闘病生活を送った人なら、
    たぶん私と同じ状況になったと思う。
    “感動”という表現からは、遠い。
    つらくて、しんどいエピソードだった。


    たった4頁(1回4頁の連載マンガ)で、
    こんなにも胸がえぐられるものなのか。

    自分の場合、読んだ直後に落涙して、
    その後も思い出しては、涙ぐんだ。

    今週は、仕事中に考え込んで(集中力が無いんです)、
    静かに目元をぬぐっていた。



    正直なところ、「読んでよかった」と言えない。
    読まないほうがよかったかもしれない、
    そんな風に思うほど…つらかった。

    大島弓子自身は、もちろん、
    もっともっとつらかった筈なんだ…




風を感じるふみちぃ

完全制圧せよ!



仲良さそうに見える



    ミライと黒絵
    とっても、仲が好さそうです。
    黒絵の首に回された、ミライの前脚。
    愛情表現のしぐさのわりには、力が入ってる?




攻撃開始




    この展開。黒絵には、意外でもなんでもないようです。
    私も、毎日のように見ています。
    ここから、ミライはバトルに入っていきます。
    じゃれ合って楽しむなんて、ミライの頭にはないみたい。

    総毛立って、背中を隆起させるミライ。
    尻尾もキツネのようにふさふさ太くなっています。
    一方、黒絵は、ほんの少し耳を後ろに倒すぐらい。

    一年前は、「本気」のミライに戸惑う表情でしたが、
    やや“家猫”らしくなってきたからか、
    最近では、ミライを相手にする態勢に変化してきました。

    それでも、ミライに比べたら、
    黒絵の「本気」は1割もない。
    未だに、黒絵の尻尾がふくらんだところは見たことないし。

    つまり、黒絵はしようがなくって、
    ミライの相手になり、「ケンカごっこ」につき合っている。
    その事実に、全く気づくことのないミライ。

    ものすごく手加減してくれている黒絵を相手に、
    「もう少しだ!」「もうすぐで倒せるぞっ!」と、
    毎回猛烈に勘違いしているミライです。





家族17日目のミライ



    そういえば、大野くんはもっとやられてた。
    一方的に、ミライに攻撃されっぱなしでしたね。
    やさしいチビ兄ちゃん。

    可愛い妹を相手に、おふざけでも
    プロレスごっこはできなかったみたい。

    いつだって「負ける気がしない」ミライ。
    今日も完全制圧に向かって、
    黒絵を挑発しています。

    頼むから、眠ってる私の布団の上で、
    完全制圧を目指すのはやめてほしい…









大島弓子とグーグー



2005年6月17日



    大島弓子の『グーグーだって猫である』は、
    コミックの文庫版を3巻まで買って、
    その後発行されたものには手をのばさないままだった。
    
    単行本として出るまでにけっこう時間がかかり、
    各巻の「あとがきマンガ」でも、
    作者がそういう状況を詫びているくらいなので、
    「いつか出るだろう」「いつか読めるだろう」と、
    こちらも、のんびり構える態勢になっていた。

    ファン歴が長くなると、みんな気が長くなるもんだ。





50時間失踪から1か月



    ただ、シニア猫になっている筈のグーグー(1995年生まれ)。
    彼のシニアライフは気にかかり、
    心の隅でたまに、「どうしてるだろう?」と考え込む。

    2年前、320グラムのミライを迎えてから、
    「毎日がてんてこまい」になってしまって、
    大島家の猫たちの事は、しばし遠いものになっていた。


    大野くんが居ない2度目の大晦日。
    でも、大野くんが無事に暮らしている事が、
    ほぼ確認できた状態だったので、
    1度目よりは悲痛さのない、昨年の大晦日。

    大掃除もせず、ふらふら外出して本屋に入ると、
    探していた本より先に、
    『グーグーだって猫である』の文庫版新刊の背表紙が、
    ぐぐっと目に飛び込んできた。
    そう。ホントに、飛び込んできた感じなのよ。

    指先が、本に触れる前に、予感があった。
    手に取って、本の裏側の解説を斜め読みしたら、
    その巻が「グーグー」シリーズの完結編だという。

    中を開かなくても、解った。
    グーグーは…

    文庫版の後ろの頁だけ読んでみた。
    簡潔な線のマンガと、短い台詞で、
    グーグーの病死が描かれていた。
    あえて、感情を排除した「報告」になっている。

    グーグーは、東日本大震災の翌月に、
    腎臓の病気で亡くなっていた。
    15歳半ではなかっただろうか…







生後3か月

                      生後3か月のミライ。ちょっと凛々しい




    「グーグー」マンガはこれで終わり、となっている。
    私は、グーグーの訃報(3年半遅れ)に触れた後、
    本を棚に戻しながら(買わないのかよっ)、
    ぼんやり考えていた。

    彼女はもう、マンガを描かないつもりかもしれない。

    サバの死後、たぶん
    大島弓子はストーリー漫画を発表していない。

    彼女の砂漠をオアシスに変えた、グーグーとの生活を
    マンガで描いて世に出していた。もっぱら。

    そのグーグーを喪った、彼女の心を想像してみる。

    
    グーグーに次いで、続々と彼女は猫を引き取り始め
    (ペットショップで買ったのは、グーグーだけだと思う)、
    引っ越し先の一戸建ては、9匹の大所帯になっていた。
    
    残された猫たちが居るのだから、
    さすがに、心は砂漠にも荒れ野にもなっていないだろう。
    
    それでも、喪失感の深さを埋めることは難しい。
    「連載終了」は、主役の退場が理由では、もちろんない。


    作者の心から、「描く気持ち」が空へたなびいていく。
    彼女が、猫と暮らした30年近い月日のぶんだけ、
    長く、ほっそりした煙が見えるようだ。



    

陽のあたる場所





ベランダでみっちり



    陽射しが降り注ぐ時間の増えた最近。
    黒絵とミライが、ベランダ側で寛ぐ機会も増えました。

    ペットショップや通販で買える、ネコ用サークル。
    ツメをとげるし、中に入って丸まれるし。
    人気のサークルの端がギザギザに荒れているのは、
    すべてミライが齧ったからですよ。

    黒絵、みっちり嵌まり込みすぎて、猫だと判らないぞ!
    左側のフリースの上に、大野くんが寝そべっていれば、
    完璧な構図なのにねぇ…


    このように、のどかな陽光が射し込む部屋で、
    私はベランダ側からできるだけ、
    離れていなければなりません。
    何故かというと、「日光過敏症」だから…。


    昔も今も、皮膚が弱いところは変わらないけれど、
    陽射しを受けて湿疹が出る事はなかったのです。

    4年前。ちょうどこのくらいの時間に、
    みるみる腕に湿疹が拡がっていき、
    慌てて、かかりつけの皮膚科に駆け込みました。
    「診たところ、湿疹は右側に集中していますね」
    私がパソコンに向かう際、ベランダ側を右にする姿勢なので、
    ガラス越しに射し込む日光は、身体の右側が受ける事になります。
    それで、Tシャツから出た右腕の部分に、湿疹発生。

    その時期、ブログでも書いたように、
    仕事に就くどころか、外に出る気力もなかったので、
    「え。“ひきこもり”なのに、『日光過敏症』って…」
    と、思わず笑ってしまいました。





可憐なミライ





    そんな訳で、お天気に恵まれたGW中も、
    湿疹が怖くて(実際、最近ちょこちょこ出る)、
    ネコたちと“ひきこもり”の毎日であります。

    ネコも自分も夜行性だからね、基本的に。
    ただ、日が落ちてから私は外に出られても、
    同じようにできないのが、ミライと黒絵。
    ずっと、ひきこもりなのよね。ずっと。

    そう考えるたびに、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
    すまない。
    すまないねえ…

    せめて、室内の陽のあたる場所で、寛いでください。

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