もし朝が来たら
     老人は養老院を出て
     もう一度自分の仕事を探しにいくつもりだった

     苦しみは変わらない
     変わるのは希望だけ
     という言葉のために

     だが
     もう朝は来ない


  上記の詩は、寺山修司の『旅路の果て』の一部だ。
  (いや~この7年の間に、わたしゃ何回
   この詩を引用してるんだぁ…)

  ふみに、朝は来たんだよ。
  でもそれは、「生きるための朝」ではなかった。
  私たちと別れるための朝だった。

  2年が経とうとしていてもね、
  私はまだ、自分が夜の中にいる気がしてならない。
  いつかは、いつかは朝が訪れるんだろうか。
  苦しみとか哀しみも変容して…


  カーテンが汚い