文世さんに逢いたい

「婆猫ふみちゃんのスローライフ」を綴りたくて、 2004年から始めたブログですが、
ふみは2009年3月に19歳10か月で逝きました。

ぐうたら人生

長月から神無月へ

    

    9月は、瞬く間に過ぎ去りました。

    前半に派遣先を退職し、
    有給休暇の消化に入った後半は、
    できるだけ整形外科のリハビリ治療に通いました。

    

五月のミライ



    退職日までの10日余りは、緊張の連続でした。
    「大量の私物を、きちんと整理して持ち帰れるか??」
    ↑ え、それが緊張の理由なの…?

    手持ちの業務が終了しない事は明らかでしたが、
    担当の社員さんが受け取っても、できるだけ困らないよう
    (それも、土台ムリな話ではあるものの)、
    連日気を張って作業しておりました。




イオまぁまぁの顔




    退職した翌週からは、平日もリハビリ治療に通うようになりました。
    やはり、平日のほうが予約は取りやすいです。

    9月末日に治療を受けた時は、担当の理学療法士さんから、
    「首と肩の状態が随分違ってきている」と言われました。
    良化していっている、という事です。
    治療の機会を増やした甲斐があった ♪
    でも、仕事をしていない状態っていうのも、大きな要因でしょう。

    これでまた、何か仕事を始めたら、
    具合は元に戻ってしまうのでしょう、高い確率で。
    複雑な心境ではあります。





黒絵あられもない…




    心地よく眠りやすくなった、秋の訪れ。
    ミライと黒絵と私、順調に肥えています…


舫い綱をほどく



    早く御報告しなければ…!
    と、毎日考えて焦ってはいたのですが、
    すっかり遅くなってしまいました。



ピカチュウ正面



    今月で、現在の職場を去る事になりました。

    退職の理由は、眼精疲労と頸椎症の悪化です。
    日常生活はともかく、
    業務への支障が日に日に増していった為、
    7月頃から、派遣契約の終了について考えていました。

    仕事の性質上、眼と首に負担がかかるのは、避けられません。
    同じ業務に就いている仲間たちも、
    程度の差はあれ、この“職業病”には悩まされています。




ピカチュウ9月末



    3年間、整形外科のリハビリ治療は続けてきたけれども、
    毎週必ず通院できた訳でもないです。
    平日は通院できない、週末は予約が取りづらい…など、
    スムーズにいかない事情が絡んではいましたが、
    自分自身に「徹底して治療する」姿勢も欠けていたと思います。

    だましだまし3年間やってきた結果、
    限界を感じました。
    頭痛や首の凝りがツライというより、
    そういう症状が原因でまともに業務を処理できなくなっている、
    そこがたまらなく厭でした。

    しばらく治療に専念し、回復したら職場に戻る
    ――派遣スタッフには“休職”という選択肢はありません。
    ある程度長期の休養を必要とするのであれば、
    派遣で働く人間は、退職していくしかないのです。
    派遣という雇用形態を選んでいた以上、やむを得ない。







タワーで寛ぐミライ





     そうはいっても、働かないで生きていく事もできない。
     働く事は、必ずしなくてはいけないのです。

     リハビリ治療をきちんと受け、
     眼と首に負担のかからない仕事をする
     ――そんな事が可能なのか?!
     全く自信はないし、むしろ見通しは非常に暗い。

     でもでも、なんとかやってゆきます。
     いつもながらの「綱渡り人生」、
     猫たちの為にも生き抜かなければ…


     誰よりも安定を望みながら、
     自ら、安定から遠ざかる選択をしてしまった
     ―― 自分の答えが正しかったとは考えていません。

     『船を出すのなら九月』
     9月になると毎年、中島みゆきの曲を思い出すんです。

キミは弱くない



ミライとイオの風景




    イオが部屋にやって来てから、8週間。


    ミライにはお姉ちゃんになってほしかったけど、
    そのような気配は未だなく…。

    そもそも、イオのほうに
    ミライを慕う気持ちが無いみたい。
    同胞として、ルームメイトとして、
    何でもいいから、「仲間意識」のようなものを
    抱いてほしい。


    ミライとイオは、毎日取っ組み合いと追いかけっこ。

    騒がしくって、歓迎できたもんじゃないが、
    距離を置いていがみ合った状態よりは、ずっといい。

    ただ、このバトル、常にミライが劣勢なんです。


    

女の闘い




    イオが「叩き上げの女」って感じで、強いのはわかる。
    でも、「お嬢さま」扱いをしてきたミライだって、
    実はこの部屋の怪獣だったんだよ。

    大野くんと黒絵が手加減して相手をしていたから、
    実際はそんなに強くないのかもしれない。

    気持ちが負けてるのかな。

    体格ではイオに圧勝している。
    肥ってきたとはいえ、俊敏さだって衰えていない。

    なのに、気弱な威嚇の声をあげているのは、いつもミライ。
    イオは堂々としたもんで、一切声を出さず、
    果敢に攻め続ける。





ミライ無双






     ミライ。キミは弱くない。
     もっと自信をもって。

     そう。勇気を出そう。
     (ミライと自分に向けて、呟いてみる)




ミライ・インパルス



    


飛翔




    「年中、低空飛行」のテンションでいる自分が、
    若猫のハッスル・ミライと暮らしているのは、
    不思議といえば不思議です。

    たぶん、生涯で一度も虫を捕まえた事のないふみ。
    活発だけど、私に合わせているのか、
    穏やかに甘える時間を優先した大野くん。

    そんな二匹と比べると、
    ついつい、ミライのことはもてあまし気味になってしまう。




滑空

                       ミライが、「ムササビの舞」を披露

  


    ブルーインパルス』の名を、耳にした事はありますか?

    航空自衛隊所属で、“展示飛行”を専門とするチームの名称です。
    全国各地の航空基地を中心に展示飛行を実施し、
    そのニュースがテレビで取り上げられる事も多いのです。

    私が知っているのは、埼玉県の入間基地で行われる、
    航空祭でのアクロバット飛行。毎年11月3日に催される航空祭には、
    首都圏各地から航空ファン・撮影マニア(この表現で適切だろうか?)が
    集結します。青天に恵まれることが多いですね。


    アクロバットなら、ミライにおまかせ。
    大野くんもきっと感心するくらい、見事なジャンプを見せてくれるし、
    上から降ってきて、人間に悲鳴を上げさせてもくれる…
    なんだか、別の生き物。ムササビみたい。






ターゲット オン!

                     ミライ・インパルス。略して、「ミライン」



    いつになったら、スッキリした空が見えるのかな。
    猛暑はもちろん厭だけど、鬱々した梅雨空もイヤなんだ。

    ブルーインパルス(略して「ブルイン」)の演目に、
    スモークでハートや星を描く飛行があります。

    お空に居る、ふみ婆さんやあのコたちに見えるよう、
    私もハートを描いて届けたいです。











人生の空き地



世の中金よ


             「世の中、金よ」と仰る文世さま




    毎日同じ電車に乗り、同じ電車で帰って来る。
    その繰り返しができている日常は、幸せです。

    たとえ、通う職場で毎日何を感じようと。




半にらみのふみ


             グジグジ文句言ってないで。怒るより動きなさいよ、まず



    初めて「完全失業」を体験した2004年。
    部屋には、15歳のふみが居ました。
    迷走し、慌てて飛びついた仕事で失意を味わう。
    失業と失意。どちらが酷か。この二つはセットなのか。

    醜く足掻く私に、涼しい顔で「私のそばに居ればいいじゃない」、
    そう云ってくれるふみが居ました。



2011年2月大野くん




    失業し、さらに窮まってしまった2011年。
    大野くんには助けてもらった筈…なのに、
    私は彼を幸せにする事ができませんでした。

    一番ツライ時期を共に過ごしてくれた大野くんが居ない。


    求人情報を掲載したフリーペーパー。
    夕刻の電車の中で、人がそれを手にしているのを見ると、
    何故か今でも焦ってしまいます。
    お経を唱えるように、ブツブツ言いながら、
    血眼になって求人広告を指でなぞっていった。
    あの日々がよみがえるのでした。
    

    近所のスーパーに行くと、入り口の所に
    フリーペーパー専用のラックが置いてあるんです。
    やっと、最近ですね、
    そこに目が行かなくなったのは。

    ぼんやり手に取りそうになっては、ハッとする。
    「あ。いいんだよ、まだ。必要じゃないから」
    と、自分に言い聞かせていたのは、ついこの間。





文句たっぷりミライ






     ふみの生まれ変わりのようなミライ。
     粘着質だけれど、まだ若いせいか、
     私を送り出すことに抵抗はないようです。
     「行ってらっしゃい。稼いでくるんだぞ…!!


     今は、失業するのが心から怖くって、
     機械よりも“無”の状態で、通勤電車に乗っています。

     ミライと黒絵と大野くんのため。
     それだけじゃない。
     やっぱり、自分自身のため。



陽のあたる場所





ベランダでみっちり



    陽射しが降り注ぐ時間の増えた最近。
    黒絵とミライが、ベランダ側で寛ぐ機会も増えました。

    ペットショップや通販で買える、ネコ用サークル。
    ツメをとげるし、中に入って丸まれるし。
    人気のサークルの端がギザギザに荒れているのは、
    すべてミライが齧ったからですよ。

    黒絵、みっちり嵌まり込みすぎて、猫だと判らないぞ!
    左側のフリースの上に、大野くんが寝そべっていれば、
    完璧な構図なのにねぇ…


    このように、のどかな陽光が射し込む部屋で、
    私はベランダ側からできるだけ、
    離れていなければなりません。
    何故かというと、「日光過敏症」だから…。


    昔も今も、皮膚が弱いところは変わらないけれど、
    陽射しを受けて湿疹が出る事はなかったのです。

    4年前。ちょうどこのくらいの時間に、
    みるみる腕に湿疹が拡がっていき、
    慌てて、かかりつけの皮膚科に駆け込みました。
    「診たところ、湿疹は右側に集中していますね」
    私がパソコンに向かう際、ベランダ側を右にする姿勢なので、
    ガラス越しに射し込む日光は、身体の右側が受ける事になります。
    それで、Tシャツから出た右腕の部分に、湿疹発生。

    その時期、ブログでも書いたように、
    仕事に就くどころか、外に出る気力もなかったので、
    「え。“ひきこもり”なのに、『日光過敏症』って…」
    と、思わず笑ってしまいました。





可憐なミライ





    そんな訳で、お天気に恵まれたGW中も、
    湿疹が怖くて(実際、最近ちょこちょこ出る)、
    ネコたちと“ひきこもり”の毎日であります。

    ネコも自分も夜行性だからね、基本的に。
    ただ、日が落ちてから私は外に出られても、
    同じようにできないのが、ミライと黒絵。
    ずっと、ひきこもりなのよね。ずっと。

    そう考えるたびに、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
    すまない。
    すまないねえ…

    せめて、室内の陽のあたる場所で、寛いでください。

仔猫の時代

12日目のミライ

                       部屋に来て、12日目のミライ



    ミライが満2歳の誕生日(推定)を迎えました。

    長かったなぁ…2年間って。
    やっぱり「あっという間」とは言えない。
    さすがに、いろいろあったこの2年に関しては。

    真っ赤に潰れたようになっていた左眼も、
    この写真の頃にはすっかり良くなっています。
    缶詰ごはんもワシワシ食べて、
    部屋のあちらこちらを興味津々で動き回っていました。







左眼の充血が治りつつある




    あ。でも、この写真で見てみると、
    まだ左眼の具合は完全に良くはないですね。
    ミライ自身は元気でも、治療は続いていました。
    1日3回の点眼と、朝晩の抗生物質。

    この頃、必死に仕事してたなあ。
    睡眠が2~3時間の毎日だったから、
    コンディションの悪さを周りに気づかれまいと、
    むしろ業務の質を落とさないよう、
    気を張って、机にかじりついてたよ。

    昨日、あまりの暑さに朦朧として
    (所詮4月なので、冷房を入れてもらえない)、
    「もう無理だ~」と午後は仕事が捗らなかった。
    開き直ってだらけてた昨日の自分と、
    一昨年の自分を比べて反省しています。





17日目のミライ




    最初のうちは、専用ケージを用意して、
    点眼後のミライをそこに隔離していました。
    そうしないと、大野くんがミライのグルーミングを始め、
    薬液をさした左眼までなめてしまうからです。
    
    そして、私が仕事に出ている間も、ケージ入り。
    これは日中11時間は閉じ込められている事になり、
    酷に思えたけれど、危険回避のため実行していました。
    ミライが部屋のどこかに入り込んでしまう危険。
    黒絵という“野性”の存在に潜む危険。

    そんな風に警戒心を働かせていても、
    人と動物の間で思い通りに事を運ぶのは、無理がある。
    
    専用ケージにミライが入っていたのは、
    せいぜい3週間でしょうか。
    暴れん坊ミライの絶叫に根負けして、
    「もう好きにやってくれよ」と開放したのでした。

    



キャラが既にできている…





     なんだか、この写真を見ていると、
     ミライの性格がよく出てるなぁと思いますね。
     自由奔放でちゃっかりしているというか…

     320グラム(生後4週間)だったお嬢さん。
     今はだいぶふっくらしているけれど、
     美貌の猫(親バカ)に成長しています。

     これから先の時間を、
     一緒に乗り越えていかないといかんね。
     頼むよ、ミライ。



やがて、夜が明ける



ふみの夜明け


    またもや御無沙汰しているうちに、梅も桜も過ぎてしまった…

    待ちかねて、やっと訪れた春は、駈け足で去っていくのね。

    
    朝と夕方、決まった時間に決まった行動をとっている人は多いでしょう。
    典型的なのが、通勤・通学。
    特に朝。通勤ラッシュ時に、乗る電車はだいたい決まっている。
    電車(の時間)だけじゃなく、その車両、ドアの位置までね。

    ある程度の期間、同じ電車を利用していると、
    “固定”の顔ぶれが記憶に刻まれるようになります。
    同じように、おそらく私の姿も誰かが憶えている。
    そして、時間が経つうちに、そのお馴染みの顔ぶれが 
    “交代”もしてゆくのです。

      あの、つい挙動不審に見えてしまってた男性は、
      仕事を喪ったのだろうか。転職か、シフト変更か?
      爽やかなカップルは、どちらも姿を見なくなったけど、
      結婚して引越しでもしたんだろうか。
      別れて転居した可能性もあるよな…


    そんな風にぼんやり、あれこれ想っているうちに、
    月日は流れ、私は今日も同じ電車に乗ります。
    つまり、同じ職場に通い続けている訳です。

    いつ解雇されてもおかしくない。
    実際、自分が働き始めてから、
    派遣スタッフが何人も契約終了になって、
    彼らが去っていくのを見送りました。



生後1年(推定)の大野くん

                    1歳の誕生日(推定)を迎えた頃の大野くん



    今年の1月~3月の間は、職場環境の改善を望み、
    派遣元・派遣先と少し、揉めました。
    “トラブル”と認定されるケースなのかもしれません。
    自分としては、心身を少しでも好い状態に保って、
    1日でも長く働いてゆきたいからこそ、
    めずらしく本心をぶつけたのでした

    6年前。ふみが逝った直後。
    それまでは、あまり気にしないように努めてきた事が、
    ふと心に引っ掛かって、結局、
    長期就業を見込めた派遣先を辞めてしまいました。
    あの時と、状況が似ています。

    幸い、どうにか首の皮一枚つながった形で、
    まだしばらく勤められそうです。


    夜明け前が、一番昏いのだと思います。



ヘッドライト・テールライト

2011年4月12日

                 この写真、よくよく見ると、
                 大野くんが私の背中~踵にべったり密着してるんですね。




     TVのほうは観たことがないけれど、
     エンディングに流れていたという『ヘッドライト・テールライト』は、
     一度耳にしただけで好きになりました。
  

     やりきれなくなったり、虚無感に襲われると、
     いつのまにか口をついて出ている唄です。

     自分のカラオケの定番でもありました…







2011年4月10日





     曲の内容には、いろいろと解釈があるようで
     (中島みゆきの曲は、往々にして“解釈論”の対象になるものです)、
     まず、タイトルでもある「ヘッドライト」と「テールライト」、
     それが意味するものは何なのか?


     私なりに解釈していたのは;

     テールライトは、少~し先に灯っているように見える、
     自分がたどり着こうとしている地、あるいは人。
     でも、どこまで行っても距離は縮まらず、
     テールライトは遠くに見えるままなんだよな…

     ヘッドライトは、反対車線を通り過ぎていく車の灯。
     人生は、長い目で見ても、短いスパンで考えても、
     “一期一会”に近いものですから、
     束の間接点をもち、やがて人と人はすれ違ってゆく…


     


2012年12月24日





     大野くん探しにひとまず一段落をつけ
     (言うまでもなく“終止符”ではないけれど)、
     短い春を過ごし、
     雨音を聴く機会の多くなった最近、
     また、『ヘッドライト・テールライト』の歌詞について考えています。


     この8か月の間、自分が追い求めていたのは、
     大野くんという「テールライト」だったのではないか。

     「あ、あれは大野くんの短い尻尾じゃない?」
     アクセルを踏み込んで、接近するたび、
     それがよく似たキジトラである事の確認に終わり、
     私のポンコツ車体は、交通の流れにも配慮せず、
     ぷしゅ~っと減速したものです。

     2か月近く、尾行していた時期もありました。
     テールライトは、遠く、微かに見えるか見えないほどで、
     でも、近づかないことには、大野くんなのかどうか
     確証を得ることができません。

     この尾行・張り込みは、結局不発に終わっています。
     ついに、テールライトの近くまで寄ることができなかった…
     ―― ポンコツ車体もバッテリーがあがり、
         しばらく立ち往生。動けませんでしたわ…




2013年6月15日

                 大野くんの視線の先には、いつもミライの姿あり。



     ヘッドライトは、情報提供や協力を惜しまずにいてくださった、
     人々の灯りです。
     対向車線の向こうから、パッシングで合図を送ってくれたり、
     僅かな接点でも、大野くんを気にかけてくださる人たちがいました。

     そして、自分の車の後ろにも、心強いヘッドライトが見えます。
     同じ道の後方から、「弱気にならないで」「信じて進んで」と、
     ずっと、いつも、励まし続けてくれる、温かい灯です。

     皆さん ありがとう…


     旅はまだ終わらない

     夜道を歩く時、いつのまにか口ずさんでいる。
     耳の良い大野くんは、
     私の低い歌声を憶えていてくれるでしょうか…






旧い日記

10年後のふみとキツネ



     16歳の時からぽつりぽつりと書いていた日記。

     日記と呼べるペースで向かってはいなかったので、
     数え直してみても、たぶん十数冊にしかならないと思います。

     それでも、思いついた時にノートを開いて、
     1994年までは続いていた手書き日記です。


     その後、生活環境が激しく変化したせいか、
     日記を書く余裕がまるでなくなりました。


     


震災から一年




     2004年春。ちょうど10年前。

     シンプルなノートパソコンでうつうつ用を済まし、
     インターネットというものとほぼ無縁だった自分も、
     ついに思いきって環境を整えました(ローンは苦しかった…)。


     振り返ってみると、意外にネットサーフィンはしませんでした。
     当時、プロバイダーが会員用に設置していたコミュニティで、
     まず日記を書くことから始めていました。
     きっと、とにかく何か書いていたかったんでしょうね。



   

大野くんの母性





     数年前、そのコミュニティのサービス提供が終了する際、
     Cafe友さん(OCN cafe という場でした)の奨めもあって、
     ログの保存⇒プロバイダーブログへの移行という手続きを、
     取り急ぎ済ませました。


     2005年秋から、現在のこちらのブログのほうがメインになってしまい、
     Cafe日記のほうは、ほとんど書かなくなっていました。
     それでも、ログの保存後、確認してみたら、
     1年半の間に、約150記事くらいは書いていたようです。


     週末に、昔のCafe日記の一部を読み返してみました。
     ふみが逝った後、形ばかりの更新しかしていなかったので、
     自分の過去日記を読むのは、数年ぶりです。


     「意外と明るく、前向きに取り組んでる日記だったなあ」
     ―― というのが、自分自身の感想です。


     意識して、荒れた中身にしないようにしてたのかな…
     高齢のふみと暮らしながら、まだあの頃、
     『絶望』の二文字はくっきり顕れていなかったのかもしれない。




2014年4月12日15時






     日記の冒頭、つまり最後に書いた記事が、
     『大野くん』の紹介で、沈痛な気持ちにもなるけれど、
     あらためて、ミライ・黒絵と、
     大野くんの帰宅を待とうと思いました。


     婆猫ふみちゃんのスローライフ 


    
今は、スローライフとは程遠く、
     毎日ヘロヘロになって、テンパってますが…


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