文世さんに逢いたい

「婆猫ふみちゃんのスローライフ」を綴りたくて、 2004年から始めたブログですが、
ふみは2009年3月に19歳10か月で逝きました。

迷い猫

あれから君は…



    昨年の6月にペットショップで買った首輪です。
    ピンクはミライ用、青は大野くん用に。
    
    大野くんが帰ってきたら、すぐ着けようと思って。



大野くんの首輪を用意



    私が大野くんだと信じている“激似”キジトラ君は、
    ミライ用と同一の首輪をしていました。
    昨年の1月・2月に目撃した時点ですが。
    (この首輪を買って待機していたところ、
     昨年9月の目撃情報で、“激似”キジトラ君は
     黄色い首輪に着け買えている事が判明)



2014年神無月





    ミライは、2年間で2回ピンクの首輪を使い倒し
    (意外と消耗してボロっちくなるものですね)、
    今は、お兄ちゃん用に買っておいた青の首輪を着けています。




昨秋は口元スッキリ







    大野くんが「よその家で可愛がられている」という結論に、
    落ち着く選択をして早一年。
    お猫様に仕える立場である私は無職であり、
    それでいてイオという子猫が加わっております。

    未来って、判らないもんだな。


    そういえば、部屋でお気に入りの曲を聴いていると、
    「未来」という単語が多く使われていることに、
    あらためて気づかされます。

    うちのミライもねぇ、
    自分の敵(よく言えばライバル)となる存在が現れるとは、
    そりゃあ予想もしてなかった筈です。
    私だって、ビックリ。まだ、後悔の念を引きずってますもの…

 

親子なのか、きょうだいなのか



    動物病院に猫を連れて行くと、
    診察室で獣医さんから
    「お母さん、抱えて(押さえて)いてくれますか?」
    と呼びかけられることがあります。

    そんな時、妙な違和感を覚えるんですよね。

    「お母さん」という呼ばれ方に。

    いや。「お姉さん」って呼ばれたい訳じゃないですよ。
    子供が居て当たり前の年齢なので、
    若く見て欲しいとか、そういう願望が理由ではないんです。

    自分にとって、猫たちは“子供”に該当するのか?
    そういう風に考えた事が、長い間ありませんでした。




2013年6月18日




    猫を飼養管理する立場なので、
    自分が彼らの“保護者”である事に、異論はありません。

    ただ…感覚で言わせてもらうと;
    猫(あるいは犬)は自分にとって、
    弟妹か甥姪のような存在です。

    大野くんは、弟。
    ミライは、姪っ子。
    黒絵は、従兄弟かその子供
    ――という感じ。

    ふみは…従姉妹か、女友達でしたね。




6月18日の黒絵とミライ






     明日で、大野くんが行方不明になってから、
     2年です。

     前日の7日は、帰宅が22時半と遅かったので、
     大野くんと過ごした時間が記憶として残っているのは、
     6日まで、という事になるでしょうか。

     2年前。
     ミライの育児に大野くんと奮闘していたときも、
     行方がわからなくなった大野くんを探し求めていたときも、
     仕事を辞める事なんか、まるで考えなかった。

     必死な時って、そういうものなのかもしれません。


     これから、秋に入ってゆくのですね。
     冬の背中も見え始めた気がします。


帰っておいで



    「大野くんが暮らしている」
    ―― 私がそう思い込んでいる場所。

    これは縁、それも濃い縁なんでしょうか。
    私の通勤ルートの途中に、
    その部屋は在ります。

    朝は必ずそこを歩いて通るし、
    帰りも週に3日は通ります
    (ペットショップ等、帰りに寄るお店によって
     ルートも違ってくるのです)。

    道路に面したその部屋の前に、
    大野くんに似た猫が居るのを見たのは、
    たった2回。それも、もう1年半も前。
    ずっと見てない。
    ずっと逢っていない。


2011年5月21日





    毎朝、道路からチラッと部屋に視線を送る。
    それで、飼い猫の姿をとらえるのは難しいけど、
    覗き込むようになってしまうのは止められない。
    不審者の挙動だなあ。
    でも、どうか通報しないでください。

    それだけ、前を通る時は必死だった。
    大野くんの姿を見たくて、しようがなかった。
    せめて逢わせてほしいと、毎日念じてた。

    それが…今年に入ると、
    つまり、大野くんが失踪してから1年3か月くらい経った頃、
    気がつくと、例の部屋を通過してしまってる事がある。
    ぼんやり歩いていて、通り過ぎてしまってから、
    「あ!」と気づくのだ。
    部屋の前、ベランダの所を見るのを忘れちゃった…!

    覗き込むように道路から視線を送るのも胸が痛かったけれど、
    その習慣をうっかり忘れた時は、もっと胸が痛くなる。
    
    自分の心が少しずつ、岸辺を離れているのか…
    大野くんを探し求める岸辺から、静かに離れていく…

    時間が、そうさせているのかもしれないね。

    ただ、気持ちはそんなに楽になってはいないんだが。


    例の部屋をうっかり通り過ぎてしまう事が増える一方で、
    「大野くんはいつか帰宅する筈だ」という想いが膨らんでくる。

    たぶん、時が来たら、大野くんは還ってくる…
    それまで待とう。



2013年6月18日その2




    ――そんな風に淡く微かな希望を胸に抱いていたら、
    イオが現れた訳です。
    大野くんと同じキジトラのね。

    う~ん。大事に胸に抱えていた希望とは、違っちゃった。
    
    ミライもがっかり…というのではなく、
    ただただ「青天の霹靂」だったんでしょうなあ
    (ごめんよ、すまない!)


    でも、イオに罪はないのよ。


    

桜を待つ季節

2012年1月15日



    2014年の後半、このブログに全く戻って来なかったなんて、
    自分でも驚いています。
    ため息を通り越して、動悸がするくらい…
    2014年のうちに、必ず更新するつもりでいたのに。

    戻って来ないなんて、大野くんみたいじゃないか。

    ようやく更新したけれど、それが嬉しいお知らせを伴うものじゃなくて、
    申し訳ない。大野くんは、依然として“不在”であります。

    2014年6月のブログアップの後、
    変わった事といえば;
    掲示をお願いしていた「迷い猫」の貼り紙が、
    完全に消えた事、でしょうか。


    大野くんはたぶん、あるマンションの1階で暮らしています。

    2014年1月と2月、大野くんに似たキジトラを目撃しました。
    どちらも、仕事帰りの夜道ではありましたが、
    「今まで遭遇したキジトラの中で、一番似ている…」
    いや。本物の大野くんなんじゃないだろうか?
    そのぐらいソックリに思えたのです。

    1月の夜は、ある部屋のベランダの中に去っていき、
    2月の夜は、同じ部屋のベランダ前に座っていました。
    1回目は、興奮を隠せない人間が迫ってきて戸惑ったでしょう。
    2回目は、逃げずに、でも距離を置いたまま対峙してくれました。

    小さく、大野くんの名前を呼んで、距離を縮めようとしたけれど、
    そのとてもよく似たキジトラは、私が誰か判らない様子です。

    経緯を知ったねこ友さんが、
    どんなに人馴れして、可愛がられていた猫でも、
    自分のテリトリーから外れた場所では、
    長年暮らした人間を識別する事が難しくなってしまうのだと、
    教えてくれました。

    そうだな…無理もない、と思えます。
    あれが大野くんだとして、行方不明になって3か月~4か月の
    時間が経過していました。私にとって長い月日だったのだから、
    猫にとってはいっそう長いブランクです。


    大野くんに“激似”のキジトラは、首輪を着けていました。
    偶然にも、ミライの首輪と同じものです。
    生後2か月半のミライに首輪を装着している時、
    大野くんは羨ましそうに見つめていた。
    それと全く同じモノを身に着けている、“激似”キジトラくん。

    その後、いくつかの目撃情報を得て、
    9月にはようやく、“激似”キジトラくんが大野くんであると、
    確信するに至りました。
    
    100%確定とは断言できないのです。
    “激似”キジトラくんが暮らしている部屋の住人さんに、
    直接尋ねてみれば、真相は明らかになるでしょう。
    でも、それを実行することはためらわれます。

    あのキジトラくんが、もし大野くんであった場合、
    部屋の住人さんにとって、私の訪問は
    歓迎できないものかもしれません。


    考える月日のほうが、足を使って探し回った月日より、
    長くなっていました。

    私は、「大野くんが幸せに暮らしている」と安堵する、
    日常を選択しました。
    そこに落ち着くことにしてみたのです。

    もちろん、迷いは今も絶えず
    まとわりついてきますけれども…




    
ちび兄失踪の24時間後


    

ヘッドライト・テールライト

2011年4月12日

                 この写真、よくよく見ると、
                 大野くんが私の背中~踵にべったり密着してるんですね。




     TVのほうは観たことがないけれど、
     エンディングに流れていたという『ヘッドライト・テールライト』は、
     一度耳にしただけで好きになりました。
  

     やりきれなくなったり、虚無感に襲われると、
     いつのまにか口をついて出ている唄です。

     自分のカラオケの定番でもありました…







2011年4月10日





     曲の内容には、いろいろと解釈があるようで
     (中島みゆきの曲は、往々にして“解釈論”の対象になるものです)、
     まず、タイトルでもある「ヘッドライト」と「テールライト」、
     それが意味するものは何なのか?


     私なりに解釈していたのは;

     テールライトは、少~し先に灯っているように見える、
     自分がたどり着こうとしている地、あるいは人。
     でも、どこまで行っても距離は縮まらず、
     テールライトは遠くに見えるままなんだよな…

     ヘッドライトは、反対車線を通り過ぎていく車の灯。
     人生は、長い目で見ても、短いスパンで考えても、
     “一期一会”に近いものですから、
     束の間接点をもち、やがて人と人はすれ違ってゆく…


     


2012年12月24日





     大野くん探しにひとまず一段落をつけ
     (言うまでもなく“終止符”ではないけれど)、
     短い春を過ごし、
     雨音を聴く機会の多くなった最近、
     また、『ヘッドライト・テールライト』の歌詞について考えています。


     この8か月の間、自分が追い求めていたのは、
     大野くんという「テールライト」だったのではないか。

     「あ、あれは大野くんの短い尻尾じゃない?」
     アクセルを踏み込んで、接近するたび、
     それがよく似たキジトラである事の確認に終わり、
     私のポンコツ車体は、交通の流れにも配慮せず、
     ぷしゅ~っと減速したものです。

     2か月近く、尾行していた時期もありました。
     テールライトは、遠く、微かに見えるか見えないほどで、
     でも、近づかないことには、大野くんなのかどうか
     確証を得ることができません。

     この尾行・張り込みは、結局不発に終わっています。
     ついに、テールライトの近くまで寄ることができなかった…
     ―― ポンコツ車体もバッテリーがあがり、
         しばらく立ち往生。動けませんでしたわ…




2013年6月15日

                 大野くんの視線の先には、いつもミライの姿あり。



     ヘッドライトは、情報提供や協力を惜しまずにいてくださった、
     人々の灯りです。
     対向車線の向こうから、パッシングで合図を送ってくれたり、
     僅かな接点でも、大野くんを気にかけてくださる人たちがいました。

     そして、自分の車の後ろにも、心強いヘッドライトが見えます。
     同じ道の後方から、「弱気にならないで」「信じて進んで」と、
     ずっと、いつも、励まし続けてくれる、温かい灯です。

     皆さん ありがとう…


     旅はまだ終わらない

     夜道を歩く時、いつのまにか口ずさんでいる。
     耳の良い大野くんは、
     私の低い歌声を憶えていてくれるでしょうか…






夏への扉 2014 ~ The Door Into Summer ~

大野くんの背中




     人類は、あまりに多くの時間を、
     ネコのためにドアを開けたり閉めたりする事に費やしてきた



     このブログで何度か取り上げている、
     ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』の冒頭の一節です。


     文庫本で初めて読んだ19の時、
     この一節にひどく惹きつけられ、「うん、うん!」と頷きました。

     「そうなんだよなあ…ネコってやつは、もう」


     猫が家の室内外を自由に行き来していた、自分の10代。

     あの頃を振り返って、「旧き良き時代」というように
     感じてはいません。正直なところ。個人的に。

     当時から、猫に対する苦情はありましたよ。
     現在より、直球でやってくるのが、新旧の差かな?





ねらい

     



     鳴き声で外出希望を訴えるコ。
     無言でドアやガラス戸の前に座って、アピールするコ。

     そして、扉の開放が必ずしも、外出につながる訳ではない猫たち。

     ただ、外を眺めたいだけだったり、
     外気に触れた途端、お散歩気分がそがれてしまったり。

     その度に「え~出るんじゃないの?じゃ閉めるからね」と、
     人間は文句を言い、詫びの一つもなく立ち去る猫。

     それはまだ楽なほうで、「しばらくこうしていたいの…」という場合は、
     人間もある程度、出入り口近辺で猫につきあわねばなりません。


     面倒くさがりで腰が重い人間なのに、
     彼らの要求にはたいてい屈してしまっているのです。

     いやはや。ネコってやつは、人間の扱いをよう心得てます。





下っ腹たぷたぷの宿命





     ふみが、「このまま、しばらくこうしていたいの」というタイプでした。
     ベランダまで出て、それ以上は動き回らない。
     彼女がその視線の先に見ていたものは、何だったんだろう。


     大野くんも、活発なキジトラながら、性質はふみとほぼ同じなんです。
     内弁慶だから、ベランダの内側という“安全圏”で、外気を愉しむ。



     今、完全室内飼いが、猫と暮らす人々の間では主流のようです。

     大野くん探しの過程で、知り合った猫好きさんは、
     ほとんど完全室内飼いのスタイルを定着させていました。
     苦情と、猫自身への危険を避けるために。

     時の流れとともに、人と動物を取り巻く環境は大きく変化しています。

     



ふみの日課 パトロール







     5月に入って、踏み切った、黒絵の完全室内飼い。

     黒絵が外の世界に出ないまま、1か月が経ちます。
     長かったような、あっという間だったような…
     でも、まだ闘いは続くので、
     黒絵はもちろん、ミライにも辛抱してもらいます。


     黒絵の出入り口だったガラス戸を、完全に閉めた。

     あの窓は、大野くんの帰りを待つために、
     ずっと、開け続けていた空間なのです。


     そこを、閉じなければならなかった…
     無念だ…

     ただ、大野くんを待つことをやめたんじゃないよ。
     この気持ち、地面を駈けて、大野くんに届け――

 

うつむいて歌おう(独唱)



2011年1月の大野くん「




     大野くん探しの過程で、
     彼のチラシを見た人から「可愛~い♪」と言われると、
     嬉しさより戸惑いを感じたものです。


     「捜索中の猫をほめられても…」と、
     そんな心境で複雑な気持ちになったのではありません。


     同居人として、大野くんの容貌を
     「可愛い」範疇に入れてなかったんですよね。





手のひらゴハン


              キャッチャーミットのように分厚い手は、私です…



     大野くんの顔は、ファニーフェイスというのかな。
     コミカルな顔立ちだと私は受けとめていました。


     「ふみと比べちゃうからかもしれないけど、
      率直に言うと、ルックス面ではそれほどでもない仔だね」
     ―― なんと、大野くんを私のために保護してくれた親友に、
         こんな失礼な言い方をしていたのです。



     ひゃあ~!!この罰当たり。
     あ。そうだよ、遂に昨秋、天罰が私に下ったんじゃないか?





上を向いて




     大野くん探しを始めてから、
     「とても似ているキジトラ」が目撃され、
     その情報をもとに、該当する猫に対面を果たす度に
     (不思議なもんで、「猫違い」キジトラとは遭遇できるのです)、
     「尻尾、口周り、主要な特徴は一致しているけど、顔が違う」
     という体験が重なっていきました。


     顔の違い…そう、大野くんは、もっと愛嬌のある顔なのっ 



     声に出して言うことはできません。
     だって、彼のことを気にかけてくれていた人が、
     見つけようとして、教えてくれた成果なんだもの。
     そこに感じるのは、落胆よりも、ありがたみです。



     逢えば、わかる。
     言い換えると、逢わなければ判らない。



     季節は、早くも夏へとペダルをこぎ始めたようです。

     日がのびて、職場から地元の駅に着く時刻、
     まだ陽射しが去りきらず、
     少しずつ明るさが残るようになりました。


     
大野くんメールフォーム











     家路をたどっていると、大野くんの姿に出逢えそう。
     そんな気持ちが、懲りずに育っていきます。


     部屋でお腹を空かして待つミライを気にしつつ、
     あえて歩調をゆるめて、住宅街を歩いていきます。


     低い声で小さく歌いながら、ゆっくりと…


     いつも、キミのことを想いながら、歌っているんだよ。



目の前の存在を愛せよ



9年前のふみ抱っこ



     ちょうど9年前のふみです(16歳になる直前)。
     性質の殆どが私と同じだったふみ(粘着質・非社交的)は、
     スキンシップも苦手。

     当然、抱っこは大嫌いなので、
     これは貴重な写真かもしれません
     (キイロイトリがコリラックマに後ろから羽交い絞めにされている、
      そのポーズは“イヤイヤ抱っこ”と呼ばれるらしい…)。




     正気を喪いながらも、師走の頃からでしょうか、
     心の奥で気づいていた事があります。


     ―― 自分はいつも、目の前の存在を大切にしていない。





2012年1月22日




     大野くんと暮らした4年間。
     厳密には、完全な“ふたり暮らし”だった2年間。

     ふみの後に、自分の為に来てくれた彼が、
     「特別な存在」であると認識しながらも、
     現実の対応は、けっこう“雑”だった気がします。


     そういう自覚が、時おり胸に浮かびあがり
     (時おりかよ~  )、
     大野くんの(ストーカー的)愛情に応えていない自分を、
     反省することが幾度もありました。



     言い訳になりますが;
     動物と暮らす日常に馴れると、
     彼らへの対応(各種世話、ご機嫌とり等)が、
     どうしても、ルーティン・ワークになってしまうんです。
     好く言えば、「生活にすっかり定着している」状態。


     高齢であるふみに対しても、私のそういう、
     “雑”な、ルーティンワーク対応というのはありました。
     

     「ふみの為だけに生きていた日々」が、
     「大野くんの為だけに生きる日々」に自然に移行。

     でも、そのわりには、気がつくと、目の前の大野くんより
     私を置いて逝ってしまったふみの事ばかり考えていました。


     「ふみの存在しないこの世に生き続けるなんて…」と、
     これは毎日のように思っていましたね。


     ストーカー・大野くんが、就寝後も執拗に甘えてきたのは、
     たぶん純粋に、私の愛情を欲してくれていたのだと思います
     (相変わらず、親バカですが)。


     励ましてくれたのに。
            支えになってくれたのに。


     大野くん失踪まで、
     ブログのメインは依然、ふみでしたもんね。
     それまでの4年間、大野くんの記事&写真は少なすぎる!!
     


     上の写真は、ちょうど、今の仕事の採用が決まる前夜。
     大野くんが居たからこそ、現在があるのでは…

     



生後7週間のミライ


                   ミライ「お兄ちゃん、帰ってくる?」
                   私  「うん。必ず帰ってくるよ」



     大野くんが行方不明になった途端、
     彼が「特別な存在」である事を猛烈にアピールしだして、
     「面の皮が厚い」というか(これはもともと)、
     「都合の好い事やってるよなあ」と、
     大野くん探しにとり憑かれた自分を、
     冷ややかに観る、もう一人の自分が居た気がします。
     過去と現在を比べて。


     そんなに大切にしてなかったじゃんか。
     目の前の大野くんより、ふみの事ばかり想ってたくせに。


     大野くんが天寿を全うするのを見届けるより、
     大野くんに、死に水を取ってもらおうなんて、
     孤独死を前提に夢想していたじゃないか…


     ―― だから、大野くんが私を見限ったのかもしれない。




大雪を過ぎた頃のミライ




     ブログを書いたり、大野くん探しのチラシを作成したり、
     そのためにパソコンに向かっている時、
     自分の後ろに、いつのまにかミライが来ています。

     たいていは眠っているんだけど、
     最近ではよく、お腹をどーんと見せて、
     甘えるポーズをとるようになりました。

     ハッとさせられて、胸に痛みが走ります。
     お兄ちゃんお得意のポーズではないか…


     上の写真は、2月。
     2度の大雪が過ぎ去った頃のものです。

     すっかり肉付きがよくなって、
     “怪獣”ミライも、かつてほど俊敏ではなくなりました。


     が。狂暴でなくなった訳ではない。
     それに、鈍重な私が油断できるほど、
     彼女の俊敏さは失われてはいないのです。

     
     やっぱり、ミライの遊び相手を務められるのは、
     大野くんしかいない。
     とても疲れるだろうけど。


     そして、今はまだどうしても、
     目の前のミライより、私は
     「旅に出ているキジ寅さん」に、
     心の根っこを奪われたままなのです。





妹よ…3

0706_17時19分50秒

2013年7月6日17時19分50秒






     昨年、「妹よ…」という記事を書いた後、
     タイトルに拝借した、かぐや姫の曲を
     某動画サイトで聴いてみました。


     じっくり歌詞を聞くのは初めてに近いのですが、
     え~っと…容赦ないフレーズにやや衝撃を受けます。


     ―― おまえは器量が悪いのだから

     ―― どんなことがあっても我慢しなさい


     ひでぇ~(涙が出るほど大笑い)


     自分がもうどうでもエエ歳になったから、
     笑って聴けるんだなぁと、
     そういう現実も踏まえたところで、感じ入る詞でした。


     それに、容赦のない表現(苦笑)も気にならないくらい、
     兄ちゃんの愛情が隅々まで染み込んでる曲だもんね。




寝姿1



     お兄ちゃんが常にそばに居る頃から、
     ミライは100人の人が見たら、97人は
     「かわいいっ!!」と言ってくれるような仔猫でした。
     
     あの傲慢な怪獣ぶりが、前提に歴然とあっても…。



寝姿2



     同じ♀猫でも、ヒロ&ふみは“好み”で評価が分かれたと思います。


     ヒロは、縄張りを持つ外向的な猫だったので、
     顔のつくり自体はふみと同じでも、やや“強面”。

     
     ふみは、いつも不服そうな顔をして、
     幸薄げな風情を漂わせていました。
     ふみを溺愛していた友人曰く;
     「厳密には、そ~んなに可愛い顔なのではない」そうで。


     2匹とも、味わい深い顔立ちで、人から愛されました。




生後2か月のミライと大野くん





 
     大野くんは、ミライが愛しくて、心配でしようがない。
     血の繋がりばかりじゃないんだなぁ。


     お兄ちゃんが居ない部屋で、半年過ごしてきたミライ。
     寝姿が妙な形になっている写真は、生後3~4か月の頃。


     今ではすっかり肉付きのよい身体になったせいなのか、
     仔猫時代のポーズは見せなくなっています。


     また、一枚、大野くんの貼り紙を、はずしていただきました。
     今回は、かかりつけの動物病院から…。
     長い間ずっと、ありがとうございます。



     再来週には、満1歳の誕生日(推定)を迎えるミライ。
     お兄ちゃんに、そばで祝ってもらいたいよ。





パレット

17時18分32秒


                   2013年7月6日 17時18分32秒


17時18分41秒


                  2013年7月6日 17時18分41秒



     上の2枚の写真は、ミライがわが家に来て1か月半経った頃。


     脱走を既に何度かやらかしていたものの、
     この頃はまだ基本的に野外行動はしていなかったミライ。


     一方の大野くんは、6月から頻繁に吐くようになっていて、
     通院・投薬の効果が出ているのかいないのか…という時期。


     育児疲れでストレスも溜まっていた筈の、大野くんです。


     私が毎日ヘロヘロ(睡眠不足と暑さと不安)になりながらも、
     欠勤せずに仕事を続けられたのは、
     大野くんがミライの面倒をみてくれたから。

     本当に援けられました。

     でも、私は大野くんを援けていなかったね…




家猫の寛ぎ

                   こんな風に過ごしてるといいのに。



     前回の記事で書いた通り、
     憑かれたように探す活動に、ピリオドを打つ事にしました
     (2月は、2回大雪が降ったこともあり、殆ど活動してないけど)。


     待とう…そういう心境が訪れた。


     「何がなんでも見つけなきゃ…!」と、
     正気を喪っていた自分を、今さら恥じてはいません。

     でも、周りに迷惑をかけたのは事実なので、
     お詫びと御礼の訪問を、少しずつ始めています。



     正気じゃない分、あれだけ無茶ができたのかな。


     仕事のある平日でも、深夜・早朝の町を徘徊していたのに、
     「探す活動から後退」し始めたら、
     みるみるエネルギーが底をついてしまった。

     もともと、自分のタンクに力は貯蔵されてなかったのね。


     悲しみなのかな…胸を占領しているのは。
     それとも、虚無感か。

     3月半ばから、日に日に心が墜ちてゆきます。

     2月まで感じていたものとは、違う何かが、
     心をたぷたぷ満たしています。


     諦める訳じゃないんだよ。
     パレットを閉じて、想い出に換えていくつもりじゃない。

     なのに、つらいなあ…










     

フーテンのキジ寅さん




      こんなチラシをこっそり、某店内に貼ってもらっています。
      悲壮感漂うものよりは、まだイイかな…なんて思って。

      やっぱり、懲りてないですかね…




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