ひまわり畑


   母や小学校の時の担任の先生の影響で、
   昔の映画が好きです。
   特に、1960年代・1970年代の外国映画。

   たった一度しか観ていないのに(しかもテレビで)、
   長い時を経ても、幾度となく心の中に甦る作品の一つに、
   『ひまわり』という、1970年公開の映画があります。
   主演のソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニは、
   どちらかというと、それほど好きな俳優ではありません
   (超一流の名優に対して失礼ですが)。

   しかし、この映画はすべてを圧倒するような
   哀切さに包まれていて…表現が追いつかない程です。
   映画通でなくても(もちろん、自分も含め)、
   タイトルをあげると、たいていの人が知っている作品なので、
   内容を大雑把に話しても、ネタバレにはならないでしょう。

   第二次大戦中、戦線に送り込まれたまま戻ってこない夫を、
   ひたすら待ち続ける妻。戦死していても無理のない状況で、
   夫の生存を信じ、遂には戦地ロシアへ妻は旅に出ます。

   そして、現地で夫の情報を尋ね歩くうちに、
   ある家にたどり着き、そこで若い女性と出会いました。
   妻も、その女性も、言葉を交わさないまま…
   お互いに判ってしまうシーンが印象的です。
   若い女性の傍らには、小さな子供も居ました。

   私はまだ小学生だったけど、この作品を
   恋愛映画とは捉えませんでした
   (それだと、こっぱずかしくて観られない)。
   当時、歴史で太平洋戦争に関心を持っていた事もあって、
   あれは、戦争映画の一つなのだと、解釈しました。
   今でも、8割ぐらい、そう思っています。

   戦争は、奪うだけだ…何もかも。

   圧巻なのは、ロシアの大地に咲き誇る、ひまわりの光景。
   冒頭の写真は、映画のものではありませんが、
   確か、オフコースの時代、小田和正がコンサートで
   この映画のワンシーンを、会場の画面いっぱいに
   流したと聞きました。どうしても、使いたかったそうです。
   それほど、心をぎゅっとつかまれる、美しく哀しい情景なのです。

   このひまわり畑の下には、多くの兵士たちが眠っています…



   大野くんが帰らなくなって、1週間ばかりの頃から、
   「ツライ思いをしていないでほしい。それだけは頼む…」
   と、願っていました。
   虐待、遺棄(嫌いだから捕まえて遠方に棄てる)…
   事故死よりも酷いと思える、そんな実態が、
   この人間社会には存在するんですね…


   



大野くん思案顔


   だからこそ、「誰かに保護されて、その家の子になっていたら…」
   と想像するほうが、“逃避”のようでも救われるのです。

   昨年暮れ、友人が偶然、近所のマンション駐車場で、
   大野くんによく似たキジトラに出会いました。
   すぐに去ってしまったその猫は、首輪をつけていたそうです。

   10月から情報提供をお願いしている女性たちに
   (考えたら、私が接触に成功したのは、すべて女性)、
   偶然遭った12月。彼女たちは、団体に所属せず独自に、
   餌やりや避妊・去勢手術の活動を、長年続けています。

   「まだ帰って来ない?全然見かけないのよね…」
   近隣一帯を広く回っている彼女たちは、
   外に居る猫たちの事は殆ど把握しているのです。

   「これだけ見かけないって事は、もしかすると
    誰かが保護して、そのままでいる可能性もあるわね」
   ―― だって、こんなに可愛いんだもの。
   チラシを見た人が、よく言ってくれる言葉です。
   大野くんに聞かせたいなあ…
   

   友人が遭遇した“激似”のキジトラが居た場所は、
   うちからだと直線で50メートル程しか離れていません。
   11月半ばからずっとマークしている場所に比べたら、
   10分の1の距離。現実的な移動範囲に思えます。
   その辺りのマンションは、ちょっと高級で、
   「ペット可」だとも考えられる(実際、犬の出入り有り)。

   可愛がられて、幸せな現在ならいいなあ。
   そう思うだけで、私の心につかの間、“平穏”が宿るのです。