文世さんに逢いたい

「婆猫ふみちゃんのスローライフ」を綴りたくて、 2004年から始めたブログですが、
ふみは2009年3月に19歳10か月で逝きました。

失業

Quality of Life



   失業するたび、
   あるいは経済的困窮に陥ったとき、
   真っ先に考えるのは、 『猫のQOL』です。

   人間は、なんとかなるんですよお。
   特に、私のように行動範囲の狭い人間、
   友人・知人が少ない人間は、
   働かないのであれば、外に出ないですしね。
   外に出なければ、使うお金も最低限で済む。

   ところが、動物は同じようにできない。




食うミライ、見守るチビ



   冒頭の「失業・経済苦」の状況が訪れても、
   猫の生活レベルは落とせないんですよ。
   生活レベル=食生活、と言い換えてもいいでしょう。

   彼らの好むドライフード、ウェットフード、
   更に、近年は「間食」も習慣にしてしまった。
   これは、ミライと黒絵を完全室内飼いに切り替えた際、
   人間の都合でそうせざるを得なかった事に、
   罪悪感を覚え(今もそれは拭えない)、
   必死にゴキゲンをとる為、プラスした物ですねえ。

   思えば、大野くんは協力的だった。
   もともと食べる事に関心が薄くて、
   職の無い私が部屋にずっと居る事を、
   すごく歓んでくれた。
   一番ツライ時期に、寄り添ってくれた大野くん。



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   黒絵は、ふみが存命の頃に出逢っているから、
   既に、9年ほどのつきあい。
   年々贅沢になっているヤツ。
   彼の自由な野良生活に終止符を打った責任上、
   ついつい食生活は甘やかしてしまう。
   まあ、彼も食べる事が最大の愉しみだからね…


お留守番はいやなの



   真打ち。
   この人のゴハン選びには泣かされた。
   あのワガママに敵う猫は居ない…
   食に関心が薄い訳じゃなくて、
   いや、むしろ貪欲だからこそ、妥協しない!
   「お腹すいたら、そのうち食べるだろう」という対応は、
   彼女には絶対通用しなかった!
   気に入らないモノは、断固拒否。
   強情で、頑固で、こっちが折れるしかなかった。

   でも、私がずっと部屋に居る無職期間は、
   とっても機嫌が好くて、嬉しそうだった。
   孤独に何よりも耐えられない猫。


   ミライは、ふみに似ている。
   外に表れる性質は随分違うように見えるけど。



無職です



  前回の「入院」記事を読んで、
  勘の鋭い人、あるいは、
  とりあえず12年続く(ブランクだらけ)このブログを、
  長く読んでくださっている方の中には、
  「あ、“失業フラグ”立ってるんじゃない?」
  と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

  ご明察です。



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   6月から胃腸の不具合を繰り返し、
   その度、病欠していました。
   3日寝込んで、2日出社して、
   時には5日連続で休む事もありました。

   現場に、多大な迷惑をかけている。
   でも、まだ必要としてくれている。
   だから、ここは踏ん張ろう。

   7月の最後、お医者さんから
   「しばらく休んだほうがいいんじゃない?」
   と助言されました。
   「今、限界だよね。心身共に」
   ――そう言われて、反論できませんでした。

   自分でも、「ダメになる…」
   イヤな感覚が芽生えていたのです。 
   すり減っていく、消耗していく。
   肉体がSOSを出していました。

   しかし、哀しいかな、私は非正規雇用。

   正社員なら、「傷病休暇」を取るなどして、
   しばしの“休職”が可能です。
   が、有期雇用(3か月更新)の人間に、
   “休職”というカードを使う事はできません。
   
   “退職”の途だけでした。

   自主退職の手続きを進めている途中で、
   入院してしまった為、
   退院後、会社に足を運び、最後の片付け。

   入院で、視界が闇に沈むような金額を喪い、
   ついでに職も喪った訳です。

   働かないと、生きていけないよ。
   だから、退院当日からずっと職探し。
   ミライも黒絵も、私の扶養家族だからなあ。
   健康は取り戻せたようなので、
   心機一転、道を探して歩きます。



   
追記:先週、最後のお給料が振り込まれて、
       金額見たら、入院代より少なかった…


長月から神無月へ

    

    9月は、瞬く間に過ぎ去りました。

    前半に派遣先を退職し、
    有給休暇の消化に入った後半は、
    できるだけ整形外科のリハビリ治療に通いました。

    

五月のミライ



    退職日までの10日余りは、緊張の連続でした。
    「大量の私物を、きちんと整理して持ち帰れるか??」
    ↑ え、それが緊張の理由なの…?

    手持ちの業務が終了しない事は明らかでしたが、
    担当の社員さんが受け取っても、できるだけ困らないよう
    (それも、土台ムリな話ではあるものの)、
    連日気を張って作業しておりました。




イオまぁまぁの顔




    退職した翌週からは、平日もリハビリ治療に通うようになりました。
    やはり、平日のほうが予約は取りやすいです。

    9月末日に治療を受けた時は、担当の理学療法士さんから、
    「首と肩の状態が随分違ってきている」と言われました。
    良化していっている、という事です。
    治療の機会を増やした甲斐があった ♪
    でも、仕事をしていない状態っていうのも、大きな要因でしょう。

    これでまた、何か仕事を始めたら、
    具合は元に戻ってしまうのでしょう、高い確率で。
    複雑な心境ではあります。





黒絵あられもない…




    心地よく眠りやすくなった、秋の訪れ。
    ミライと黒絵と私、順調に肥えています…


人生の空き地



世の中金よ


             「世の中、金よ」と仰る文世さま




    毎日同じ電車に乗り、同じ電車で帰って来る。
    その繰り返しができている日常は、幸せです。

    たとえ、通う職場で毎日何を感じようと。




半にらみのふみ


             グジグジ文句言ってないで。怒るより動きなさいよ、まず



    初めて「完全失業」を体験した2004年。
    部屋には、15歳のふみが居ました。
    迷走し、慌てて飛びついた仕事で失意を味わう。
    失業と失意。どちらが酷か。この二つはセットなのか。

    醜く足掻く私に、涼しい顔で「私のそばに居ればいいじゃない」、
    そう云ってくれるふみが居ました。



2011年2月大野くん




    失業し、さらに窮まってしまった2011年。
    大野くんには助けてもらった筈…なのに、
    私は彼を幸せにする事ができませんでした。

    一番ツライ時期を共に過ごしてくれた大野くんが居ない。


    求人情報を掲載したフリーペーパー。
    夕刻の電車の中で、人がそれを手にしているのを見ると、
    何故か今でも焦ってしまいます。
    お経を唱えるように、ブツブツ言いながら、
    血眼になって求人広告を指でなぞっていった。
    あの日々がよみがえるのでした。
    

    近所のスーパーに行くと、入り口の所に
    フリーペーパー専用のラックが置いてあるんです。
    やっと、最近ですね、
    そこに目が行かなくなったのは。

    ぼんやり手に取りそうになっては、ハッとする。
    「あ。いいんだよ、まだ。必要じゃないから」
    と、自分に言い聞かせていたのは、ついこの間。





文句たっぷりミライ






     ふみの生まれ変わりのようなミライ。
     粘着質だけれど、まだ若いせいか、
     私を送り出すことに抵抗はないようです。
     「行ってらっしゃい。稼いでくるんだぞ…!!


     今は、失業するのが心から怖くって、
     機械よりも“無”の状態で、通勤電車に乗っています。

     ミライと黒絵と大野くんのため。
     それだけじゃない。
     やっぱり、自分自身のため。




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