文世さんに逢いたい

「婆猫ふみちゃんのスローライフ」を綴りたくて、 2004年から始めたブログですが、
ふみは2009年3月に19歳10か月で逝きました。

行方不明

この惑星の猫ってヤツは……


猫はこうあるべきだ


   旧年中は大変お世話になりました。

   もともと、ローテンション&ネガティヴなブログなのに、
   昨秋以降さらに!よりいっそう!!
   陰鬱な世界を築いてしまった… 

   訪ねて、決して好い気分になれる場所じゃない。
   それにもかかわらず、訪れ、励ましてくださる皆さん。
   いつもいつも、有り難うございます 

   本年も宜しくお願い申し上げます。

   大晦日も元日も、日記を書く気満々でいたのですが、
   大野くん探しに熱中しているうちに、
   三が日まであっという間に過ぎてしまいました。


   12月下旬から、たぶん一つの“分岐点”、
   解決しなければ前に進めないポイントに立っています。


   たびたび、大野くんに似たキジトラが
   目撃されているスポットがあって、11月半ば以降、
   ほぼ毎日のように(日によっては時間を変えて3回)、
   そこへ日参しているのです。
   
   でも、逢えない。
   夏のけだるい時季と違い、猫の姿自体、
   人間の目が届く範囲に現れにくいですね。


   勇気を出して(たぶん一生分)、
   2013年も残り10日という段階でようやく、
   そのスポット近隣の方々への聞き込みを
   実行することになりました。

   結果は、大当たり。
   大野くんに似たキジトラに、
   そのスポットに住む人達も遭遇していたのです。

   もっと早く、自分が行動に出ればよかった。
   悔やんでも遅い。間に合うなら、今後できる事を…。



お前には勝てん…


   昨年の仕事納め翌日から、
   「よく現れる」「ここを通っていく」というポイントに、
   
毎朝、立っています。
   時間も、目撃情報に沿って、かなり絞りました。

   やっぱり逢えない…



    そのキジトラが大野くんではない可能性もある。
   だけど、それをこの目で確認しないことには、
   大野くん探しの作戦変更をする訳にもいかんのです。




   人間が待ち伏せしてれば、そりゃ「様子がおかしい」と、
   たいていの猫は警戒するだろうな。

   
   大野くんは、私の姿を見て、「あつぶこだ」と判るのか。
   判らないと思う。もう3か月会ってないし、
   本来のテリトリーから離れた場所で私を見ても、
   「4年間暮らした人間」と認識するのは難しい。

   また、もしかしたら、
   私だと識別した上で、現れないのかもしれない。
   私が立ち去るまで、動かないようにしてるのかな…


   大野くんが行方不明になった原因は、未だに判らない。


   この3か月、大野くんが、
   どんな思いで、どんな経験をしてきたのか。
   私は知ることができません。

   「とても怯えた様子」「警戒している」と言う、
   目撃者(猫をよく知る人)もいました。


   それにしても、猫ってヤツは、
   人間の思うように行動してくれないもんだなぁ。

   大野くんは「猫らしい猫じゃない」と、
   身びいきで捉えていたけれど、
   やっぱり、猫なんだよねぇ…


   まだしばらく、立って待ちます。



“孤独”という名の病

お腹を見せて寛ぐ


   大野くんがうちに来て、半年ぐらい経った頃かな。
   2回の仔猫ワクチンも、去勢手術も済んだ後、
   片方の眼が感染症で開けづらくなり、
   大野くんは精一杯演技して、異常のないふりをしてたけど、
   病院で診てもらった事がありました
   (この眼病は、年に1~2回は繰り返し出ることになる)。

   眼の異常は点眼ですぐ治癒する診断だったけど、
   そういえば…と気になっていた箇所も、
   ついでに視てもらったのです。
   ポツンと、赤くミミズ腫れのようになってる下っ腹の皮膚。
   舐めすぎて皮下出血を起こしてるのが、素人目にも判る。
   「あ~、これはストレスが高じて舐めすぎたんですね」

   自分の身体を舐めて、身づくろいする事は、
   猫のリラックスにもつながる。
   でも、逆に舐めすぎてもいけない。
   「このまま舐め続けると、炎症までいく心配もあります」

   「何か、この子にとってストレスになっている事は?」
   とドクターに訊かれ、即答したのが、
   「独りで留守番してるのが最大のストレスみたいですよ」

   その答えには、ドクターも苦笑いして、
   「そのストレスは取り除いてあげるのが難しいなぁ」
   と仰っていました。


まだかなぁ…


   ふみも同じだった。
   人間がそばに居て、常に自分に関心を持っていないと、
   耐えられない。そんな状態は幸せじゃない、猫だった。

   外見は、野性的なヒロに似ていたけど、
   内面は、ふみの魂をそのまま受け継いだかのような大野くん。

   私自身が、「寂しい」と感じることがない人間なものだから、
   当然、ふみと大野くんの気持ちを、完全に理解しきれない。
   そんなにツライのか?

   今、私は孤独ではないけれど(単に環境の面で)、
   非常にツライ。寂しいのではなく、苦しく、もがいている。

   キミたちの心の隙間を理解できず、申し訳ない。
   好きで、部屋から外の世界に出てたんじゃないよ。
   私が有能で、キミたちと同じ部屋で過ごしながら、
   生活の糧を得る事ができるような人間だったら、
   もっと、ずっと、違う日常だったのに。


   大野くん
   キミは、孤独という病をこじらせてしまったのか?


   大野くんがこの部屋に戻ってきた後も、
   これまでの暮らしとさほど変化はないとは思う。
   相変わらず、私は外の世界で働き続けるだろう。
   自分の能力の足りなさと闘いながら。

   だから、大野くんの寂しさやストレスを解消する、
   そういう約束はできないんだ。
   でも、明らかな変化は在るんだよ。
   私の心に平穏が戻ること。
   大野くんの居場所、私の膝の上は空席のままだからね。


追伸:でも、大野くんのことをもっと可愛がってくれて、
    キミの独占欲を満足させてくれる、
    そんな環境にもし今いるのだったら、
    私は、駄々はこねない…


“巻きグソ”尻尾のお嬢さん

  
     
            この写真だと判りづらいかなぁ…


キャットタワー


   ミライが室内で少しでも活発に動けたら…と、
   (抜糸までの期間、そしてその後も考え)
   思いきって近所のペットショップで購入した、タワーです。
   出費したのは、ミライを保護した「真の飼い主」。
   車がないので、二人で徒歩10分ぐらいのところを
   20分くらい、「手と腰が!」と呻きながら運びました。

   組み立て終わってから、
   「兄ちゃんが帰って来て、これ見たらショックかもね」と苦笑。
   ―― 僕の居ない間に、こんなモノを!
       僕にはこんな立派な遊び道具を買ってくれなかったのに~


巻きグソ


   1番目の写真だと、バックが黒い扉なので判りづらいでしょうが、
   ↑ これが、お嬢さんの“巻きグソ”尻尾だ!

   尻尾は“巻きグソ”形状だけど、
   彼女がトイレでなさるのは、「見事な1本!」なのです。
   そっちのほうを写真でお見せできないのが、残念です
   (撮影自体、憚られる…)

   うちに来て1~2か月は、仔猫用トイレを使っていたのに、
   いつのまにか、大野くんと同じトイレで用を足すようになりました。
   時には、大野くんが入っている時に
   「お兄ちゃんと一緒にするぅ~♪」といって、飛び込んだり…。
   大野くん、大いに戸惑っておりました。

   しかも、食の細い大野くんは、それなりの“成果物”なんだけど、
   ミライのモノといったら、量も形状も、お見事!
   毎回、感嘆しております。

   これが野外の土に半分埋まっているのを、
   もし自分がオス猫の立場で発見したら、きっと
   「うぉ~こりゃ凄い。コイツ(オスだと思わざるを得ない)には
    絶対勝てないぜぇ~」とビビるでしょうね。

   お食事中にお読みになってくださっている方、
   大変失礼致しました 

   ミライは、男の子に生まれていたほうが、違和感がないです。
   すべてにおいて。


チラシのちびノリ


   それに比べると、大野くんは女の子に生まれていても、
   不思議じゃない。やんちゃな子猫時代はともかく、
   すっかり落ち着いてから、特に同居猫を迎えてからは、
   優しさが顔立ちや行動に表れています。


   ふみは、メス猫というより、“女”そのものでしたね。





   
蛇足:自分は、まず生まれてきたくなかった。
   ―― 本来のネガティヴ発言はおいといて、
   生まれるなら男がよかったなぁ、断然。
   (身長が伸びたのもあるけど)10代の時期から、
   ずっとそう思い続けています。

妹よ…


師走のミライ


   3か月前に、手術のため広く剃られたお腹にも、
   だいぶ毛が生えそろってきました。
   非常に運に恵まれているのでしょう。
   退院後、抜糸に一度病院に行ったきりで、
   その後は健康そのものの日々を送っています。

   ヒロとふみの姉妹は、術後に傷がなかなか塞がらず、
   もう大丈夫だろう、という頃に神経質にお腹を舐めてしまって、
   ミライのような順調な経過はたどれませんでした。

   
兄妹ショット


   クリスマスの頃、ミライは満8か月になります。
   そのうちの4か月半を育てたのは、大野くんなんですよね。

   昨夏、倉庫部屋から合流させてみた黒絵を受け入れて、
   格闘+グルーミングの相手にしていた大野くんだから、
   仔猫を攻撃・排除する心配はしていませんでした。
   ただ、ここまでミライを可愛がってくれるなんて、
   想像していなかったのですけど…。


   大野くんがうちに来て、3年半経った春、
   初めて吐きました。何度も繰り返し。
   それは、ミライがまだ産まれてすらいない頃です。

   ミライを迎えた翌月、週に何度も吐くようになり
   ―― 大野くんは食べ方がゆっくりしているので、
     勢いよくがっついた直後に吐く、それとは違う ――
   ただでさえ食に執着がないのに、
   食べてもほんの少量(仔猫ミライの半分!)という日々。

   6月~8月、大野くんはミライと交互に通院しました。
   診察台で体重を計るたびに減っていて、
   「新しい仔猫が来てから、体重減少が続いてるんですね」
   と、カルテを確認しながらドクターが指摘します。
   「新しい猫を迎えると、先住猫の体調が悪くなる事は、
    めずらしくないんですよ」とも。


一匹…じゃなくて二匹でした


   パッと見ると、大野くん1匹のようだけど、
   ミライが「遊んで~」と喰らいついている写真です。
   「お兄ちゃんは具合が良くないんだから…」と止めに入っても、
   ぐったり休んでいた大野くん自身が、ミライの相手を始めちゃう。

   大野くんのほうから、ミライを遠ざける事はありません。
   ミライが首っ玉にしがみついていくと、嫌がらず遊び相手になる。

   8月半ばには、もう嘔吐する事は完全になくなり、
   日が沈むと毎日のように、ミライと蝉取りごっこをしていた大野くんです。

   大野くんの気持ちの優しさが、
   ミライを監督しようとする責任感が、
   10月のトラブルに結びついてしまったのでしょうか。

   報われない。理不尽だ…
   この2か月、ずっと思ってきました。


   キミが大切にしている妹は、とっても元気だ。
   遊び相手が居なくって、そこだけ不満みたい。
   生後7か月でうちに来たキミは、たった1.5キロだったけど、
   妹は軽く3キロを超えてると思うよ。
   キミが帰って来て、また遊ぶようになっても、
   相当苦戦するだろう。いや、間違いなく吹っ飛ばされる。

   それでも、ミライはお兄ちゃんが大好き。
   私と一緒に、毎日部屋で待ってる。
   待ってるぞ。

   
   

ゴキゲンな歌 ♪

君はストーカー♪


   骨の髄までネガティヴで、恒に低いテンションを保っています。
   そんな私でも、時には上機嫌で唄ったりするのです。

   すっごくデタラメな即興なの。
   地元の駅から家に向かう路上で、湧きあがってくる歌。
   泥酔した帰り道でも、そんな風に唄うことはないのにね
   (生還するのに必死で、きっとそれどころじゃないんだ)。

   ♪ キミはストーカー 可愛いストーカー
     でもぉ~ ちょ~っぴぃり コワ~ァァイ ♪

   ―― 大野くんがうちに来て、1年半ぐらいの間
       (震災が起こるまでの間)、たまぁに唄ってた。
   外に出たがらない大野くんだけど、
   窓やドアを開けたままにしておけば、
   出勤していく私を駅までこっそり、
   電信柱の陰に隠れながら追いかけてきそうな、
   ストーカー気質の猫です。
   粘着質なところが、うっとうしくもあり、愛おしい。

  
なまめかしい御嬢さん


   ミライは、その名前が確定するまでは、
   「お嬢さま」とか「姫」と呼んでいました。
   毎日数回の点眼と投薬を要していた為、
   確かに、大事に育てました。が、
   ほんの数日で超人的(?)に元気になり、
   「お嬢さま」も「姫」も似つかわしくないほど、
   ワイルドな野郎に変貌(猫をかぶってたんだ)。

   彼女の尻尾はすーっと真っ直ぐに伸びていて、
   最後に先端でクネッと曲がっています。
   面白い形状です……“巻きグソ” 

   部屋に迎えて3か月の間は、
   久々の仔猫育てに翻弄され、
   睡眠3時間ちょっとの日々が続きました。
   仔猫と暮らした人は、みんな苦労してる。
   
   9月に入り、「3匹としての暮らしぶり」が安定してきました。
   自分の睡眠時間も少し増え、心に余裕も出てきた。
   それで、ついでに歌まで出ちゃう。

   ♪ 巻きグソし~っぽぉのお嬢さ~ん ♪

   駅から家に向かう路で、ゴキゲンに唄ってた。
   
   そんなところから、半月足らずです。
   大野くんが行方知れずになったのは…。


   もう、ゴキゲンな歌を口ずさむ日は戻らないの?
   
   

うちは3匹です


仔猫用カルカン


   大野くんとミライは、よく一つのお皿で
   ご飯を食べていました。

   うちに来た時からウェットフードにそっぽを向いて、
   ドライフード専門(しかも私の掌から)の大野くんが、
   ミライ用に出していた仔猫カルカン(パウチタイプ)には、
   何故か俄然興味を示したのです。 
  
   小皿から中皿に変更。
   2匹同時に食べるようになりました。
   食に興味の薄い大野くんが、ウェットフードを食べる事で
   摂取量が増えるから、大いにホッとしたものです。

   出社前と帰宅後に1回ずつ、仔猫用カルカンを出します。
   意外にも、すぐさま食いつくのは大野くん。
   やや遅れてミライが中皿に近づくのですが、
   ミライの気配を察した瞬間、
   大野くんはスッと顔を片側に移します。
   それまではお皿の真ん中で食べていたのを、
   ミライ用に半分スペースをあけるのでした。
   当たり前のように、自然な動きで。
   静かに、じ~んと感動したものです。
   やっぱり、大野くんは、気持ちが優しい…  

   上の写真の日付を確認したら、
   大野くんが行方不明となる3週間前でした。


大野&黒絵


3匹


   2枚目・3枚目の写真は、8月中旬に撮ったもの。

   毎年毎年「この暑さ、異常だよねぇ~?!」という夏が続き、
   今年もひどい酷暑。特に湿度が凄かった気がします。

   節電、というより、節約。いやいや 
   自宅のエアコンが程よい温度・湿度になってくれないため
   (旧いタイプのせいか、冷えすぎてしまう)、
   暑さを憎む私なのに、部屋ではあまり冷房は点けないのです。
   が。今夏は、さすがに訴えがありました 
   大野くんが、だらしなく床でのびている私に近づいて、
   「れ…冷房入れてほしいにゃ」と云いましたもん 

    平均体温が38℃の猫が3匹。
   ひとつの部屋に集まると、暑いっすね 
   「でも、これなら今度の冬は逆に暖かく過ごせるな」
   と、3~4か月後を想像して、喜んでいたのです。

   
   師走を迎えた今日、部屋に居るのはミライ1匹。
   黒絵は、倉庫代わりの部屋で過ごしています
   (2年前から夜間はストーブを点けている)。

   ミライは外に出したくない
   (箱入り娘にしたいのではなく、安全確保の目的から)。
   “飼い猫”になりきれない、現役野良とも言える黒絵には、
   どうしても出入り自由の状態が必要である。

   開放したままのあの窓
   ―― 大野くんがミライを心配して出て行き、
       そのまま戻ってこない窓 ――
   あの窓から、ミライを外に出す訳にはいかんのです。

   そのため、黒絵にはすまないけれど、
   隔離生活を選択させてもらいました。
   (1年半前の状態に戻った、という事)


   黒絵にも危険が及ぶ可能性はありますが、
   そこは、野良のプロ根性に賭けましょう。
   いざとなったら、自分の身は自分で守る能力があるし、
   今までも、そうやって危険をかいくぐってきた筈です。

   さしあたっては、ミライを優先的に守り、
   大野くんを探し続けていくつもりです。

   私生活を離れたところでは、
   大野くんの“失踪”について一切口外していません。
   話しても、単なる“家出”扱いで終わるだろうし、
   「仕事ができると一度も思った事がない」私は、
   業務上の失点を大野くんの事に結び付けられる、
   それを恐れているのです。

   そして、「うちの飼い猫が1匹減った」なんて、
   そんな台詞は絶対、言いたくない。
   大野くんは私のもとに戻って来るから…

   「うちには3匹猫が居ます」と言い続けます。

   

さらば涙と言おう

120422_nov14


   県民同士で「現在の生活、将来を憂う」話をする時、
   最終的に、「だって、うちの行政のトップがアレじゃねぇ」
   というネタで落ち着くことが多いです。

   あくまで、ネタですよ。
   政治に、市井の人間が関心を持つことは重要じゃありませんか。

   
   私は、個人的に『さらば涙と言おう』という曲は、
   秀逸だと思っています。
   日本が誇る『上を向いて歩こう』に並ぶぐらい。

   好きな曲は1980年代に集中しているけど、
   知事の代表作『さらば涙と言おう』を聴くと、
   あぁ…うぅ…と感傷に浸ってしまいます。
   歌詞がイイのかなぁ。
   メロディも朴訥でイイんじゃない?
   あ、知事の唄い方もまた味わい深いんだよ、きっと。


   つい弱気に襲われて、涙をこぼしてしまったけど、
   それは、大野くんに再会した時のため、
   大切にしまっておこう。そう誓いたいです。


空が高すぎる…

  意外なようだけど、先週まで
  泣いてはいなかったのです。

  情報が乏しいだけに、泣く要因も少ない。
  涙腺が機能停止していたのかもしれない。

  泣くより前に「できる事」「やるべき事」、
  そして「できない事」で頭が占領されていて、
  このひと月は茫然としたり、焦燥感で
  迷走していました。
  もちろん、最悪の事態だって毎日考えていたのに。
  何故か、涙と無縁なまま…

  それが、今週に入ってから不意に泣けてきたのです。
  没頭すべき仕事を前にしながらも…。

  もともとクール&ドライな性格であり、
  心がずっと病んでいる事情もあって、
  感情が平板になっています。
  そして、泣いてしまうと一気に崩れてしまうから、
  いつも、そこだけは制御が働いているようです。
  ほかの点では、すべてにおいて、
  自分をコントロールできないくせにね。

  泣いちゃったら、おしまいだ…
  意識の底でずっとそう、念じていたのかな。

  でも、もう、大野くんには逢えないのかもしれない。
  ひと月以上経った今週を迎え、
  しみじみと、静かに涙があふれてきました。


  昨日、仕事の途中、階段の踊り場から見えた空が、
  あまりに青く澄み渡っていて、
  空の高さの分だけ、
  自分と大野くんの距離が遠ざかっていくような、
  そんな感覚に襲われ、しばし動けなくなりました。


  前回の日記で取り上げた小説、
  『柔らかな頬』のキャッチコピーは確か、
  ~ 誰も私を救えない ~ でした。

  でも、お蔭さまで私は、皆さんに救われています。
  いつも読んでくれてありがとう。
  エールを送っていただいている事に、
  とても、感謝しているのです…
  

  130503_nov14


   お気に入りの場所を黒絵に獲られちゃったのに、
   そこを奪い返そうとはしない、優しい大野くん。

知らないでいるほうがツライ

110515_2013nov



   大野くんが行方知れずになって1週間経つ頃から、
   自分の胸にしきりと浮かぶものがありました。

   桐野夏生の直木賞受賞作『柔らかな頬』と、
   私の大好きな小説『リミット』(作家の野沢尚氏は自殺されています)。
   
   “言霊”の威力を信じているだけに、
   書くのは勇気が要るのですが、一方でまた書かずにはいられない…

   2作品とも、子供の失踪を描いたフィクションです。

   『柔らかな頬』は、事件なのか事故なのかも判らないまま、
   忽然と姿を消した娘の行方を追う、
   母親の彷徨の物語。
   生きているのか、死んでいるのか。
   最後に「これが真相なのかな?」と思わせる描写があるけれど、
   真相の種明かしより、さすらう母親の魂に焦点を当てた作品だと、
   読む人は感じるのではないでしょうか。

   『リミット』の場合は、明らかに誘拐事件で、
   主人公(女性刑事)とその息子に喘息の持病があるところに、
   個人的に感情移入して何度も読み返してきました。
   今よみがえるのは、連続誘拐事件のうちの1件で、
   息子をさらわれた父親のエピソードです。
   親子3人で出かけた大型遊園地で、白昼堂々
   男の子は連れ去られ、身代金要求もないまま、
   事件は迷宮入りの気配を漂わせます。
   家庭は崩壊し、“同志”であってほしい妻は去りました。
   父親は、私費を投じて牛乳パックに息子の写真を載せ、
   職場の理解を得て、在宅勤務の生活に転換しました。
   いつ息子が帰ってきてもいいように、
   玄関のカギはかけないまま…。

   「二日酔いでぐったりしていたとはいえ、何故あの時、
    自分は息子を独りでトイレに行かせてしまったのか…」
   繰り返し、父親は自分を責めるのです。
   読み返す度に胸が痛み、その自責の念について
   理解できる気がしていました。
   でも、今になって思う。
   本当は私、理解できてなかったんだよ。
   あの頃、自分の胸に在ったのは、たぶん“共感”だ。
   

   思いきって近所の聞き込みを始めた、ひと月前。   
   突然の初訪問なのに、長く話してくださった奥さん。
   「生死が判らないのが一番ツライよね」
   「何をやっても楽しくないでしょう…」   
   彼女自身が私と同じことを体験しているそうです。

   知らないほうが幸せだなんて、私は思わない。

   昔、ある元・競走馬の所在を調べようとしていた時、
   関係者から
   「世の中には知らないほうがいい事もあるんだよ」
   と諭されました。
   もちろん、親切心で言ってくれた訳ですが、
   その頃から私は、「知らなくていい事なんか無い」と
   頑なに考えてきました。
   それは今も変わりません。

   知らないでいることのほうが、よほどツライのです。

   
   キミはストーカー気質だからなぁ。
   私が苦手とする事をあれこれ実行に移す様子を、
   電信柱の陰からこっそり観ているような気もする。
   もうさ…十分じゃないか。これで満足だろ?
   「僕のために、不精なあつぶこが行動してる。
    僕ってこんなに大切に思われてたんだ」
 
   頼むよ、もう。リミット…

17時のメロディ

終生キミと…



             大野くんの写真を選ぶ作業をする度、
             自分と寄り添ったものが多くて、
             泣きそうになる…


   どこの町でも、夕方5時には音楽が響き渡るのでしょうか。
   また、地域によって異なるかもしれないけど、
   概ね「切なくって、もの悲しい」気分になるメロディですか?

   私の帰宅時間は、職を転々としているわりには
   けっこう一定していて、月~金18時半頃。
   
   ふみは、17時のメロディから、
   私の帰宅が近いことを推測していたようです。
   18時前後になると居間を離れて、
   ドアの内側でウロウロしていた様子を、
   妹や客人がよく目撃していました。
   お見送りはまずしてくれないふみだったけど、
   玄関でのお出迎えは日課のようにしてくれたのです。

   高齢である上に、腎臓の悪さが顕著になった
   2005年(当時16歳)頃から、私のほうも、
   17時という時間を気にするようになりました。
   今、ふみは夕暮れのメロディを聴いている…
   私の帰りを待つ態勢に入り始めただろう。
   

   ふみが逝った後も、職場や外出先で迎える17時は、
   特別な時間でした。「もう、待ってはいないのだ」と、
   どうしようもなく哀しい気持ちに襲われる一方、
   「待っていたふみの心」が愛おしくてたまらない。
   週末に、部屋で独りメロディを聴く時は、
   「どんな気持ちで、これを毎日耳にしていたんだろう」
   と、やはり胸が潰れそうになる…。


   現在2年目の派遣先。
   その街でも、17時に音楽が響き渡ります。
   自分の地元とは違うメロディで、
   17時が退社時間でもないんだけど、
   心を帰宅モードにするスイッチの役割を持っていました。

   「ました」と過去形なのは、10月8日を境に、
   自分の内部から“平穏”というものが、一切消えたから。

   今、職場のデスクで夕暮れの音楽を聴く時、
   「大野くんは地元のメロディを聴いているのだろうか」
   と考えます。あのメロディが聴こえる範囲に居るのか。
   居るなら、どんな状態でどんな気持ちで聴いているの…

   平日の日中は、それでも目の前の仕事に没頭するから、
   まだ気持ちが楽なほうです。
   いや。大野くんの心を思えば、自分は楽と無縁でいい。

   週末が精神的にこたえますね。
   時間があるようでいて、実際のところは、
   精力的に捜索活動を実践できている訳でもないので
   (近隣の聞き込みは手詰まりです)、
   17時のメロディを部屋で聴くことが多いのです。
   ―― 胸が潰れます。

   耐えられなくなって、17時過ぎに部屋を出ると、
   いつもどうしても引っかかりを覚える場所を、
   何度もふらふら歩き回っている自分がいます。
   気がつくと、小声で名前を呼んでいる…

  • ライブドアブログ