文世さんに逢いたい

「婆猫ふみちゃんのスローライフ」を綴りたくて、 2004年から始めたブログですが、
ふみは2009年3月に19歳10か月で逝きました。

迷い猫

置いて行きたくない

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      大野くんが還って来た時、
   あの部屋に私が居ない…

   大野くんは、なんて思うだろう。
   「あつぶこ、待っててくれなかったんだ」

   違うよ、大野くん。
   待つのをやめたりなんかしてない。

   待つ場所を変える必要があったの。
   地図を貼っていきたい。
   強く念じて、マーキングしたい。

   置いて行きたくない。


親子なのか、きょうだいなのか



    動物病院に猫を連れて行くと、
    診察室で獣医さんから
    「お母さん、抱えて(押さえて)いてくれますか?」
    と呼びかけられることがあります。

    そんな時、妙な違和感を覚えるんですよね。

    「お母さん」という呼ばれ方に。

    いや。「お姉さん」って呼ばれたい訳じゃないですよ。
    子供が居て当たり前の年齢なので、
    若く見て欲しいとか、そういう願望が理由ではないんです。

    自分にとって、猫たちは“子供”に該当するのか?
    そういう風に考えた事が、長い間ありませんでした。




2013年6月18日




    猫を飼養管理する立場なので、
    自分が彼らの“保護者”である事に、異論はありません。

    ただ…感覚で言わせてもらうと;
    猫(あるいは犬)は自分にとって、
    弟妹か甥姪のような存在です。

    大野くんは、弟。
    ミライは、姪っ子。
    黒絵は、従兄弟かその子供
    ――という感じ。

    ふみは…従姉妹か、女友達でしたね。




6月18日の黒絵とミライ






     明日で、大野くんが行方不明になってから、
     2年です。

     前日の7日は、帰宅が22時半と遅かったので、
     大野くんと過ごした時間が記憶として残っているのは、
     6日まで、という事になるでしょうか。

     2年前。
     ミライの育児に大野くんと奮闘していたときも、
     行方がわからなくなった大野くんを探し求めていたときも、
     仕事を辞める事なんか、まるで考えなかった。

     必死な時って、そういうものなのかもしれません。


     これから、秋に入ってゆくのですね。
     冬の背中も見え始めた気がします。


目の前の存在を愛せよ



9年前のふみ抱っこ



     ちょうど9年前のふみです(16歳になる直前)。
     性質の殆どが私と同じだったふみ(粘着質・非社交的)は、
     スキンシップも苦手。

     当然、抱っこは大嫌いなので、
     これは貴重な写真かもしれません
     (キイロイトリがコリラックマに後ろから羽交い絞めにされている、
      そのポーズは“イヤイヤ抱っこ”と呼ばれるらしい…)。




     正気を喪いながらも、師走の頃からでしょうか、
     心の奥で気づいていた事があります。


     ―― 自分はいつも、目の前の存在を大切にしていない。





2012年1月22日




     大野くんと暮らした4年間。
     厳密には、完全な“ふたり暮らし”だった2年間。

     ふみの後に、自分の為に来てくれた彼が、
     「特別な存在」であると認識しながらも、
     現実の対応は、けっこう“雑”だった気がします。


     そういう自覚が、時おり胸に浮かびあがり
     (時おりかよ~  )、
     大野くんの(ストーカー的)愛情に応えていない自分を、
     反省することが幾度もありました。



     言い訳になりますが;
     動物と暮らす日常に馴れると、
     彼らへの対応(各種世話、ご機嫌とり等)が、
     どうしても、ルーティン・ワークになってしまうんです。
     好く言えば、「生活にすっかり定着している」状態。


     高齢であるふみに対しても、私のそういう、
     “雑”な、ルーティンワーク対応というのはありました。
     

     「ふみの為だけに生きていた日々」が、
     「大野くんの為だけに生きる日々」に自然に移行。

     でも、そのわりには、気がつくと、目の前の大野くんより
     私を置いて逝ってしまったふみの事ばかり考えていました。


     「ふみの存在しないこの世に生き続けるなんて…」と、
     これは毎日のように思っていましたね。


     ストーカー・大野くんが、就寝後も執拗に甘えてきたのは、
     たぶん純粋に、私の愛情を欲してくれていたのだと思います
     (相変わらず、親バカですが)。


     励ましてくれたのに。
            支えになってくれたのに。


     大野くん失踪まで、
     ブログのメインは依然、ふみでしたもんね。
     それまでの4年間、大野くんの記事&写真は少なすぎる!!
     


     上の写真は、ちょうど、今の仕事の採用が決まる前夜。
     大野くんが居たからこそ、現在があるのでは…

     



生後7週間のミライ


                   ミライ「お兄ちゃん、帰ってくる?」
                   私  「うん。必ず帰ってくるよ」



     大野くんが行方不明になった途端、
     彼が「特別な存在」である事を猛烈にアピールしだして、
     「面の皮が厚い」というか(これはもともと)、
     「都合の好い事やってるよなあ」と、
     大野くん探しにとり憑かれた自分を、
     冷ややかに観る、もう一人の自分が居た気がします。
     過去と現在を比べて。


     そんなに大切にしてなかったじゃんか。
     目の前の大野くんより、ふみの事ばかり想ってたくせに。


     大野くんが天寿を全うするのを見届けるより、
     大野くんに、死に水を取ってもらおうなんて、
     孤独死を前提に夢想していたじゃないか…


     ―― だから、大野くんが私を見限ったのかもしれない。




大雪を過ぎた頃のミライ




     ブログを書いたり、大野くん探しのチラシを作成したり、
     そのためにパソコンに向かっている時、
     自分の後ろに、いつのまにかミライが来ています。

     たいていは眠っているんだけど、
     最近ではよく、お腹をどーんと見せて、
     甘えるポーズをとるようになりました。

     ハッとさせられて、胸に痛みが走ります。
     お兄ちゃんお得意のポーズではないか…


     上の写真は、2月。
     2度の大雪が過ぎ去った頃のものです。

     すっかり肉付きがよくなって、
     “怪獣”ミライも、かつてほど俊敏ではなくなりました。


     が。狂暴でなくなった訳ではない。
     それに、鈍重な私が油断できるほど、
     彼女の俊敏さは失われてはいないのです。

     
     やっぱり、ミライの遊び相手を務められるのは、
     大野くんしかいない。
     とても疲れるだろうけど。


     そして、今はまだどうしても、
     目の前のミライより、私は
     「旅に出ているキジ寅さん」に、
     心の根っこを奪われたままなのです。





妹よ…3

0706_17時19分50秒

2013年7月6日17時19分50秒






     昨年、「妹よ…」という記事を書いた後、
     タイトルに拝借した、かぐや姫の曲を
     某動画サイトで聴いてみました。


     じっくり歌詞を聞くのは初めてに近いのですが、
     え~っと…容赦ないフレーズにやや衝撃を受けます。


     ―― おまえは器量が悪いのだから

     ―― どんなことがあっても我慢しなさい


     ひでぇ~(涙が出るほど大笑い)


     自分がもうどうでもエエ歳になったから、
     笑って聴けるんだなぁと、
     そういう現実も踏まえたところで、感じ入る詞でした。


     それに、容赦のない表現(苦笑)も気にならないくらい、
     兄ちゃんの愛情が隅々まで染み込んでる曲だもんね。




寝姿1



     お兄ちゃんが常にそばに居る頃から、
     ミライは100人の人が見たら、97人は
     「かわいいっ!!」と言ってくれるような仔猫でした。
     
     あの傲慢な怪獣ぶりが、前提に歴然とあっても…。



寝姿2



     同じ♀猫でも、ヒロ&ふみは“好み”で評価が分かれたと思います。


     ヒロは、縄張りを持つ外向的な猫だったので、
     顔のつくり自体はふみと同じでも、やや“強面”。

     
     ふみは、いつも不服そうな顔をして、
     幸薄げな風情を漂わせていました。
     ふみを溺愛していた友人曰く;
     「厳密には、そ~んなに可愛い顔なのではない」そうで。


     2匹とも、味わい深い顔立ちで、人から愛されました。




生後2か月のミライと大野くん





 
     大野くんは、ミライが愛しくて、心配でしようがない。
     血の繋がりばかりじゃないんだなぁ。


     お兄ちゃんが居ない部屋で、半年過ごしてきたミライ。
     寝姿が妙な形になっている写真は、生後3~4か月の頃。


     今ではすっかり肉付きのよい身体になったせいなのか、
     仔猫時代のポーズは見せなくなっています。


     また、一枚、大野くんの貼り紙を、はずしていただきました。
     今回は、かかりつけの動物病院から…。
     長い間ずっと、ありがとうございます。



     再来週には、満1歳の誕生日(推定)を迎えるミライ。
     お兄ちゃんに、そばで祝ってもらいたいよ。





春にうごめく、闇

17時19分18秒


                   2013年7月6日17時19分18秒



17時19分40秒


                   2013年7月6日17時19分40秒




     こんなに、お兄ちゃんのストーカーになりきっていたミライ。
     おまえの記憶の中で、お兄ちゃんは今、どうなっているの?


     情報が少しでも集まらないかと、
     しばらく、県内・市内の地域バナー(ぶろぐ村)を貼っていました。
     結果は、まぁ、さっぱり…これも、“情報”の一つですね。

     久しぶりに、本来の「派遣社員」バナーに戻すことにします。
     3月あるいは4月にはそうしようと、決めていました。


     現在の派遣就業は、3年目に入っています。
     振り返る2年間は、あっという間に過ぎたようでも、
     いろんな思いの詰まった月日です。


     濃い、というより重い。
     好きで選んでいる仕事だし、自分のためにもなっている
     (経済的には、それほど割の良いものではありません)。
     だから続いてきたし、続けていきたいと考えています。


     ただ、やっぱり3年間が区切りになるのではないか…

     改正される派遣法は、必ずしも派遣という雇用形態で働く側を
     護ってくれる訳ではないのですよ。
     派遣先・派遣元が困る事態には、きっとなりません。


     「派遣を選んでいる本人の意思」が、結局問い質される。

     間接雇用を選ばざるを得ない、社会の状況を踏まえつつも、
     派遣スタッフに対する偏見というのは、存在します。


     それでも、自転車がこげなくなって、倒れる所まで、
     この道を進んでいくしかない、現在の自分です。


     

生後2か月のミライと大野くん




     現在の職場で1年間が過ぎ、2年目に入ってからもしばし、
     悶々と悩む日々が続いていました。


     「ここで自分ごとき低スペック人間は、通用しないのではないか」
     ―― この不安と自信の無さは、1年でだいぶ薄らぎました
         (1年もかかってんのかいな!)

     常に、「必要とされない存在だ」と陰に籠るネガティヴ王だけど、
     仕事面では、かなり必死で、努力したのです(当然の事ながら…)。
     

     白髪が増えるという代償程度で、業務そのものに対しては、
     毎日、毎回悩みながら、「とにかく乗り越える」下地が
     心にどうにか出来上がったようです、お蔭さまで。



     問題は、自分の人生最大の弱点、対人関係ですかね。



     表面上はともかく、内心ではずっと荒れて、あがいていて、
     脱け出せない迷路、魔の洞窟に棲みついていた日々があります。


     しまいには、定石どおり自分自身が嫌いでたまらなくなるし、
     着実に、自分の内部に“毒”が溜まっていきます。


     “毒”は、人から受ける場合もあるけれど、
     たいてい、私の内部で生成されるものばかりです。
     そして、それを親しい人につい浴びせてしまう…!


     昨年のちょうど今頃、大野くんが初めて吐きました。

     うちに来て3年半、一度も吐いた事がなかった大野くんです。

     だから、よけいに驚き、心配しました。
     しかも、胃が空っぽになるまで、何度も苦しそうに吐いて。

     
     「猫はしょっちゅう吐くもんですよ」と、馴染みのドクターは
     あまり心配しすぎないようアドバイスしてくれました。

     でも、ふみの時に、嘔吐と腎機能低下の因果関係に気づかず、
     無頓着に見過ごしていた罪悪感が残っているので、
     念のため、血液検査を受けることにしました。

     結果は異常なし。大野くんは、採血時つらそうだった…


     今になって思えば、あの頃、私が毎日部屋で放っていた毒に、
     大野くんが侵されてしまったのかもしれません。

     一番近くに居た、960ピクセル以内の間柄なだけに。
     ごめんよ。すまなかった…大野くん。


 



              保護1か月弱のミライと黒絵


          「金は持ってきたんだろうな?」と、脅している訳じゃない黒絵。



     その後、職場の環境と人間関係に変化があり、
     私は、毒を生成する日々から解放されました。


     5月下旬にミライが来たことで、日常が慌ただしくなり、
     職場では仕事以外の事でもう、悩む余裕もなかったのです。


     ミライの育児をする日々の中で、
     大野くんの嘔吐は、コンスタントにありました。

     片眼がウィルス感染で開かなくなったり(これは以前から)、
     レントゲンで肺に炎症が見つかったり…


     よく頑張ってくれていたよ。

     感謝してもしきれないのだが、大野くんはもしかして、
     もう、この部屋にあまり好い想い出がないの?



パレット

17時18分32秒


                   2013年7月6日 17時18分32秒


17時18分41秒


                  2013年7月6日 17時18分41秒



     上の2枚の写真は、ミライがわが家に来て1か月半経った頃。


     脱走を既に何度かやらかしていたものの、
     この頃はまだ基本的に野外行動はしていなかったミライ。


     一方の大野くんは、6月から頻繁に吐くようになっていて、
     通院・投薬の効果が出ているのかいないのか…という時期。


     育児疲れでストレスも溜まっていた筈の、大野くんです。


     私が毎日ヘロヘロ(睡眠不足と暑さと不安)になりながらも、
     欠勤せずに仕事を続けられたのは、
     大野くんがミライの面倒をみてくれたから。

     本当に援けられました。

     でも、私は大野くんを援けていなかったね…




家猫の寛ぎ

                   こんな風に過ごしてるといいのに。



     前回の記事で書いた通り、
     憑かれたように探す活動に、ピリオドを打つ事にしました
     (2月は、2回大雪が降ったこともあり、殆ど活動してないけど)。


     待とう…そういう心境が訪れた。


     「何がなんでも見つけなきゃ…!」と、
     正気を喪っていた自分を、今さら恥じてはいません。

     でも、周りに迷惑をかけたのは事実なので、
     お詫びと御礼の訪問を、少しずつ始めています。



     正気じゃない分、あれだけ無茶ができたのかな。


     仕事のある平日でも、深夜・早朝の町を徘徊していたのに、
     「探す活動から後退」し始めたら、
     みるみるエネルギーが底をついてしまった。

     もともと、自分のタンクに力は貯蔵されてなかったのね。


     悲しみなのかな…胸を占領しているのは。
     それとも、虚無感か。

     3月半ばから、日に日に心が墜ちてゆきます。

     2月まで感じていたものとは、違う何かが、
     心をたぷたぷ満たしています。


     諦める訳じゃないんだよ。
     パレットを閉じて、想い出に換えていくつもりじゃない。

     なのに、つらいなあ…










     

フーテンのキジ寅さん




      こんなチラシをこっそり、某店内に貼ってもらっています。
      悲壮感漂うものよりは、まだイイかな…なんて思って。

      やっぱり、懲りてないですかね…




フーテンのキジ寅さん


旅もいいな…




     大野くんの誕生日(推定)である23日に、
     川を越えた市内北部へ、足を運びました。

     昨年11月と師走の遠征から、3度目、3か月ぶりです。

     お気に入りの稲荷神社に寄ると、
     猫に3匹も逢えました。
     昨年は全く姿を見かけることができなかったのに。
     日も長くなったし、暖かくなった証拠だなあ…。

     最終的な目的は、
     「大野くん探し」よりも、病院へのご挨拶にありました。


     ご近所でも、かかりつけでもない。
     それなのに、真正面の目立つ場所に、ずっと、
     5か月以上貼りだしていてくださった病院でした。

     「本当に長い間、貼り出してくださって、
      有り難うございます。お世話になりました」

     もう、はがしてくださって結構です…
     理由は付け加えず、それだけ言いました。


     院長先生もスタッフの方たちも、
     何も尋ねることはしませんでした。
     こちらの表情を見れば、少なくとも
     「見つかった」訳ではないと解ったことでしょう。


     ゆっくりお辞儀をして病院を出ると、
     しばらく経って涙が出てきました。
     





食うミライ、見守るチビ




     2か月前。知人を通して、
     霊感のある人(それを職業にはしていない)に、
     大野くんの事を視てもらう機会がありました。


     知人も猫好きで、数年前ふみと同じような癌で
     愛する猫を喪っていますから、
     大野くん探しで気がふれてしまっている私を、
     見るに見かねて、手助けしてくれたのだと思います。


     大野くんの写真を何枚か委ねたところ、
     “先生”に視えたのは、
     「悪意のない人に保護され、可愛がられている」
     大野くんの姿でした。

     保護主は、迷い猫チラシの存在には気づいているようだけれど、
     今となっては大野くんを手放せなくなっている、という事です。



     これは、私が「そうであってほしい」と願っていた、
     大野くんのその後の暮らしぶりです。



     私に絶望より希望を与えたいという、知人の気持ちも、
     もしかしたら、写真に乗っていたかもしれませんね。


      



迷い猫掲示板閲覧中?




     この“霊視”には、まだ続きがあります。

     1月末に取り急ぎ視てもらった時は、
     メールに添付した写真と、このブログが“媒体”でした。


     それから約半月後、知人が今度は直接、
     “先生”に大野くんの写真を視てもらったのです。


     すると、前回よりも“先生”は少し考え込み、
     「このコは、旅に出ている…」と呟きました。


     「え?どういう事ですか?」と、尋ねる知人。
     それに対し“先生”は、
     「探している人には、そのように伝えてほしい」
     と言い残したそうです。


     それを知人から伝え聞いた私は、
     「あ~…」と、妙に納得してしまいました。


     どうしてでしょうね。
     これが、10月・11月の段階だったら、
     同じ答えを聴いても、私の受けとめ方は
     違ったかもしれません。


     時間が流れたんだなあ…



     独り納得顔の私に、知人が
     「じゃあ、『フーテンの寅さん』みたいな感じ?」
     と、言います。


     「そうね。待ってる妹分も居るしね」と私。

     
    




仔猫モデル




     さくら…じゃなくて、ミライという、
     妹のように可愛がっていた仔と、4年間暮らした部屋と、
     私を、ある日ふと思い出してくれないかなあ。


     でも、何度でも云おう。
     大野くんの現在が幸福なのであれば、
     それが一番なんだよ。
     これは、かっこつけて云ってる訳じゃない。


     迷子掲示板やブログをチェック。
     そこまでやってくれると嬉しいよ、大野くん…


     

捜索方針の理由

     
     
     大野くん探しを始めてから、
     世の中で実に多くの人が、
     県内だけでもたくさんの人々が、
     行方不明になった飼い猫を探している事実を
     知りました。

     それまでだって、動物病院やペットショップに
     貼り出されている「迷い猫」チラシを、
     度々目にしていた筈なのに。


     批難を覚悟して告白すると、
     「他人事」のように捉えていたのでしょう。


     飼い主さんが必死の思いで掲示を依頼している
     貼り紙も、あまり現実感を持った目で見ていなかった…
     そういう自分の無関心な身勝手さを、
     痛感しています。
     恥ずかしいです。人と猫たちに、申し訳ない…


     「自分の事だけで精一杯で…」というのは、
     現状をそのまま表した、偽りの無い言葉だけれど、
     それもやはり、言い訳のように感じつつ、
     二つの季節を過ごしました。




ちびとミライのポスター




     もともと、そんな「自分の事しか考えていなかった」
     私に対して、大野くん探しに応じてくださる人たちは、
     とても親切で、人情味にあふれていました。
     このブログを読んでくださっている皆さんも、もちろんそうです。


     5か月半の捜索を振り返ると
     (2月に入ってから、“待ち”の態勢に入ったため、
      動き回っていたのは、実質4か月弱ですが)、
     不愉快な思いをした事が殆どありません(ゼロではない)。


     見方を換えれば、「不快な思いを避ける」探し方を
     していたとも言えるのです。

     用心深く、猫嫌いではない、親切そうな人のもとへ、
     ある程度“勘”を働かせて、アプローチしていった…




水無月のちびとミライ




     チラシを広範囲にできるだけ多くポスティングする事や、
     ポスターを作って貼りだすアドバイスも、何度か頂きました。
     迷い猫掲示板を見れば、実際にそうやって捜索している人は
     かなりの数いらっしゃいます。
     ペット探偵に依頼する人もいました。

     
     結局、私はポスティングもポスター貼りも、
     実行しませんでした。


     面倒くさかったとか、費用を惜しんだのが理由ではなく、
     有り難いアドバイスに対して、
     「聞く耳をもたなかった」訳でもありません。



     大野くんが戻らなくなってすぐ、
     届け出・問い合わせの必要な窓口に連絡を入れ、
     5日経っても帰宅しない、近所で見つけられないという段階で、
     ようやく、チラシを携えての聞き込みを始めました。


     その時点で念頭にあったのが、
     「自宅近辺に大野くん似のキジトラが居る」という事実です。

     この自由猫・キジトラさんには、以前から何度も遭っていて、
     捜索開始後も幾度となく惑わされました。
     実際、目撃情報で引っ掛かった事もあります。


     そして、捜索を続けていくにつれ、
     大野くんに似たキジトラが予想以上に多い事に驚かされます。

     そもそも活発な性質のキジトラは、野外行動が多いのですね。
     「部屋好き」の大野くんが、むしろ例外に近くて。


     ―― 猫を見慣れている人間(私も含め)でも、
         こんなに識別できないでいるのだから、
         一般の方々ならもっと、惑わされてしまうだろう。


     情報の混乱を避けること。
     人とキジトラ諸君に迷惑をかけない。
     ―― この2点で、ポスティング・ポスター等による捜索は、
         実行しませんでした。



     もちろん、その捜索方法を採る飼い主さん達を
     否定する意図で、書いている記事ではありません。
     大野くん探しにおいては、デメリットのほうが大きく
     採用できなかった。そういう経験談です。




ちびカレ



     でも、自分の心の奥に隠れていたものに、
     最近になってから、気づいたのです。
     

     捨てられているチラシや、
     破られたポスターを見たくなかった…


     自分の目で見る機会はそんなにないとしても、
     ポスティングした大野くんのチラシが、
     いろんな広告と同じように捨てられる。
     その光景は容易に想像できて、つらい。



     “効果的な捜索”のため、大野くんを見つけるため。
     本当にそう念じて、行動してきたつもりだけど、
     自分の心が、結局最優先だったんだなぁ…



     昨秋からの捜索方針が、間違っていたとは思わない
     (間違いを認めたくない訳ではなくて)。
     ただ、正しかったとも言えないんですよね。




     冒頭の画像は、捜索に協力してくださっている
     お弁当屋さんのポスターです。
     素人の作品だけど、店頭に貼っていただいています。
     どうしても、大野くんとミライの写真を使いたかった…
     兄妹というより、母娘みたいな姿が愛しくて。





追記: カレンダーは、師走に友人が作成してくれたもので、
     猫好きのお店、親しい方や知人にお渡ししました(押し付け…)。
     








おうちが欲しくない猫

うちに来て10日のミライ



     あくまで個人的な感覚で書くのですが;
     「おうちが欲しくない」猫は殆ど居ない、と
     私は考えていました。

     人の輪に積極的に入り込んできた、
     警戒心の薄い大野くんを家族に迎え、
     ご飯を求めて来る常連だった黒絵を部屋に入れる。
     ―― ふみが逝った後、それまで以上に野良猫に関心を抱き、
     彼らの存在から目を離せなくなった自分は、
     「みんな、好きで野良生活を送っている訳ではないんだ」
     と受け止めたのです。

     誰だって、おうちが欲しいよ。
     空腹を満たすだけでなく、安心して眠れる場所が必要な筈だ。
     
     


うちに来て1か月弱のミライ



     自分のそんな捉え方が、すべての猫に当てはまるとは限らないみたい。

     3年あまり毎日欠かさず“餌やり”を続けている友人によると、
     公園で待っている常連の中には、元・飼い猫も居るそうです。
     しかも、元・飼い主が現れるとプイッとそっぽを向いて逃げちゃう。
     捨て猫→家猫→野良、そういう経歴の持ち主なのかな。

     「親子三代野良猫」という系譜も当然在るだろうし、
     自ら外で生きる道を選んでいる猫も居るのでしょうね。


     そうかぁ…ふみや大野くんのように粘着質な猫と暮らしてきたから、
     世間一般の「猫は自由で気まま」という定義に、つい反発しちゃった。




七夕の夜のミライ



     ↑ 七夕の夜のミライ。
     外に遊びに行ったのかと思いきや、ひとりで寛いでます。
     このカーテンの裏にあるガラス窓は4分の1ほど開いていて、
     もともとは、黒絵専用の出入り口だったのですけどね…


     ミライが来て1か月も経たない頃から、
     私は、「この仔はおうちが欲しかった猫なんだろうか?」と
     度々考えることになります。

     ご飯と寝床さえ確保されていれば、あとは『自由』が最重要。
     『家庭』は必要ないという生き方を、ミライの日常に感じてしまう。


     まあ、怖い物知らずの怪獣で、若かった幼かったから…


     お兄ちゃんである大野くんが行方知れずになり、
     自分はその翌々日に、「剃り被害」(誰かに口元剃られまして)に遭いながら、
     まだまだ、睡眠時間を削ってでも外で遊びまくってたお嬢さまです。



     

3ショットうちに来て1か月のミライ




     10月下旬に避妊手術を受け、その後の安静期間をきっかけに、
     何が何でも、ミライのことは外に出さない事に決めました。

     これは、ミライにとってだけでなく、私自身にとっても“ストレス”です。


     こんなに世の中がコンクリートとアスファルトだらけになり、
     つまり、人間と動物の関係も変化を余儀なくされているのに、
     私は今でも、猫が(犬も)のんびり野外で過ごしている情景を、
     当たり前のように目にしていたいから。


     ごめんよ。人間社会の都合で。



     外出厳禁になってから、もう5か月。
     キャットタワー程度じゃ、怪獣のストレスは発散しきれないよねぇ。
     プロレスごっこの相手をしてくれてたお兄ちゃんも戻っていないし。


     ただ、つまらない上に寒いからか、
     人間相手に甘えるようになったミライです。

     ご飯も大事だけど、「私を見て~」「ちゃんと遊んでよ!」と、
     大野くんと要求が同じになってますね。


     おまえのおうちは、ここだから。
     お兄ちゃんのおうちでもあるから。


     あ…春を過ぎて暑くなったら、どうしよう。
     これが今から頭を抱える問題でして… 
     


雪がたり

2014年2月8日~9日の雪(足跡なし)







     師走の頃とはまた違った意味で、
     瞬く間に時が過ぎ去っていったような2月でした。

     皆さんも、大雪で大変だったのではないでしょうか。
     関東南部の自分は、つい過去形で言ってしまうけれど、
     今でも不便でつらい状態に置かれている方々が
     大勢いらっしゃる筈です。




2014年2月9日(轍あり)




     1月は、昨年の延長でまだ捜索活動を続けられました。
     結果が、どれも芳しくないにしても。
     2月は、さすがに身動きがとれなかったですね。
     「日数が少ない月とはいえ、ここまで2月は短いのか…!…」
     振り返ると、そんな1か月でした。


     写真は、1回目の大雪となった、2月9日の早朝のものです。
     前日から夜の間、吹雪いて積もった雪が、
     まだ雪かき作業の始まらない町を完全に覆い尽くしていました。

     外の猫の為に「にゃんこハウス」を設けている方たちも、
     雪と猫の様子に気を揉み、長い2日間になったと聴きます。



冬はあったか気持ち好くないと…



     1回目の大雪の時は、大野くんの事を考え、
     ただでさえ正常じゃなくなっている頭のネジが、
     さらに何本もぶっ飛んでしまった気がします。


     2回目の雪の夜は、
     外で生きる猫たちに申し訳ないと思いながら、
     布団にくるまって、空想にひたりました。
     ―― 大野くんはきっと、こんな夜でも
         どこかの部屋でのったり寛いでいる…




大野くんのウラクロス



     大野くんが帰って来なくなって1週間ばかりの頃から、
     密かに考えていた事があります。

     生後7か月(推定)の大野くんを保護した友人は、
     「公園で遊ぶ子供たちの輪の中に、
      ふっと現れたの」と言っていました。
     
     その様子が不思議な情景になっていたのを想像し、
     大野くんがうちの“家猫”として定着してからも、
     時おり思い出し、むしろ強く胸に刻んでいた自分です。


     大野くんに出逢った友人は、
     ふみを喪って半年あまりの日々を生きる私に、
     すぐさま連絡してきてくれました。
     ―― この仔は、あっちゃんに必要な存在だ
     直感がそう告げたのでしょう。


     だから…
     大野くんを必要とする人のところへ(人間とは限らない)、
     移ることが急に決まったのかもしれない。



寂しかったのかい?




     10月から師走まで、その空想、いや、考えに落ち着くのは、
     現実逃避にしかならないと、度々打ち消してきました。
     でも、5か月が経過する今、私がそう考える事を、
     責めたり咎めたりする声も、脳内で聴こえてこないのです。


     大野くんは、LUCKY BOYであり、不思議な存在です。
     時間か空間か、扉を開けて、何処かに移動したのかな。


     私が彼を「必要としなくなった」と判断したのなら、
     それはとても大きな間違いだけど、
     私以上に、大野くんの援けが必要だという声に
     応えたのだったら、じゃあ、しかたないか…



 蛇足:タイトルは、宮沢賢治の短編『雪わたり』から
     思いついた言葉です。

  
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